Designed by Apple in California. Assembled in China.
タイトルは僕のMacBook Proの裏面に書いてある文言。
「カリフォルニア州のアップル社でデザイン。組み立ては中国。」
考えてみれば当たり前のことです。先進国の人間は高い給料をもらうのだから、付加価値の高い仕事をしなければなりません。組み立て作業というのはその付加価値の高い作業ではないのです。ですからその付加価値相応の低い給料で働いてくれる中国本土の中国人に作らせないと、採算が合いません。
日本が国内でのモノ作りに固執し、付加価値の低い組み立て等の作業も日本で日本人がやるべきだとか考えると大きく方向を間違えます。あるいは日本企業は中国の企業と競争しないといけないので、雇用の自由化を推進し、より安い給料、もしくはより悪い労働条件で働いてくれる日本人が雇用しやすいようにしてあげるべきだという議論も危ういです。
日本企業の活力を取り戻させるべく、企業が抱える様々なコストを低減させてあげて、人件費が安い発展途上の国と戦えるようにしよう。例えば法人税減税をしてあげましょう。税収が減った分は公務員の人件費を減らしましょう。企業が無駄なコストを抱え込まないように、いつでも首が切れる派遣社員を主力にしましょう。多くの経済人が述べている成長戦略を要約すると、こう言っているように感じます。
これでは絶対に勝ち目のない戦いを挑んでいるだけです。無駄な特攻を仕掛けているだけです。
逆立ちしたって平均年収が39万円の中国人とは同じ土俵では戦えません。日本の社員の方が若干は品質に対する意識が高かったりするかもしれませんが、それでも10倍近いギャップを埋めるとなると、どう考えたって無理です。
日本の経済人は、人件費が1/10の発展途上国とどうやって戦うかをみんな考えています。
これは間違いです。
例えば孫氏の兵法でも読むことをお勧めします。
どうやって戦わないで済むか、を考えないといけないのです。
考えるフレームワークの一つがポーターのファイブフォース分析です。
- 買い手の交渉力 : ここで考えるのは、グローバル市場、特に発展途上国市場で戦うべきか、国内市場で戦うべきかです。分かりやすいのは買い手の価格感応度。発展途上国は給料が安いので、価格に敏感になります。価格感応度が高く、買い手の交渉力は強くなります。競合と比較してコストに強みがない限り、魅力的な市場とは言えません。
- 供給企業の交渉力 : 基本的に発展途上国と先進国ともこの点に関しては条件が同じと考えられるので、特に議論しません。
- 新規参入業者の脅威 : グローバル市場では常に発展途上国が参入してくる可能性があります。各国で独自の規格(公式なものじゃなくても)が定まっている場合を除いて、基本的にはモノはどこに行っても同じです。ですからモノは新規参入を受けやすいです。日本が発展途上だった頃、つまり新規参入する側、攻める側だった頃は、これは日本に有利に働きました。ドランジスタラジオはどこに行ってもトランジスタラジオだし、日本独自のものがあったり、米国独自のものがあった訳ではありません。逆に今度は日本が先進国になってしまうと守る側になるので、新規参入を受けやすいモノ作りへの固執はリスキーです。
- 代替品の脅威 : ここでは発展途上国製品に切り替える精神的な負担について考えたいと思います。基本的にモノではこの負担は小さいです。一方でサービスは高くなります。例えば家具の椅子が中国で作られていようが、日本で作られていようが、あまり違いはありません。しかし学校の担任の先生が中国人になったら抵抗を感じる日本人は多いはずです。看護婦についても、程度の差はあるけど同様でしょう。日本vs発展途上国で考えた場合、モノ作りだと代替品は大きな脅威になります。しかしサービス、それも密なサービスであればあるほど、日本人が有利になります。中国人に代替されにくくなります。
- 競争企業間の敵対関係 : ここでは議論しません。
僕がこういう考えから導く結論はこうです。
- 発展途上国に日本企業が進出することには何ら問題はないと思います。しかし日本の工場で作ったものを発展途上国に売ろうというのは、まぁあまり大々的には成功しないでしょう。一部の高級品ではうまくいくとは思いますが。発展途上国市場を狙うのなら、発展途上国の工場で製品を作るしかありません。日本の工場で作ろうとすると日本人が不幸になるだけです。日本で作ったものをアジアで売ろう!という成長戦略は一部を除いて幻想でしかありません。
- モノ作りは新規参入を受けやすいし、代替されやすいので、慎重になるべきです。よほど高付加価値の製品を作るのならば話は別ですが、そうじゃないモノ作りは諦めるべきです。一方、顧客との密な接触が重要なサービス産業であれば、日本人は発展途上国に代替されることが減ります。
「世界で戦う!」というのは簡単ですが、10倍の人件費を跳ね返すのは至難の業です。
モノ作りで人件費10倍を跳ね返すには、戦うのではなく分業が必要です。高付加価値のデザイン等は日本で行い、製造は発展途上国で行う。そのためには高付加価値の仕事ができる独創的な人材を育てることが必要です。日本の教育はどちらかというとまぁまぁな人材を一定の品質で大量に供給するように設計されていて、日本が発展途上国だったころはこれが非常に有効でした。しかしモノ作りに限って言えば、今必要なのは、製造・組み立てをする人材ではなく、デザインをする人材です。日本の教育は残念ながらこれにはあまり適していません。
ただしどんなに教育を充実させても、日本人のみんなデザインができるようになって、中国人より10倍の付加価値が生めるようになるはずはありません。
こういう日本人は日本国内市場でのサービス産業に従事すれば、世界と競争をする必要がなくなります。武士精神が過剰で、何かと世界と競争できなければいけないと考える人もいますが、そんなことはありません。市場・産業を選べば、世界と競争する必要なないし、こういう市場でぬくぬくとやるのは、それ相応の理由(この場合は日本語および日本の風習等の壁)があるならば問題がないはずです。そういう市場を成長させて、日本人全体の幸せ度アップを目指せばいいのです。
話が複雑なので、うまく説明できていない気がしますが、一番言いたいことを最後に繰り返して終わりにします。
日本がモノ作りで世界と戦えたのは、昔は発展途上国で、今の中国と同じで単純に人件費が安かったからです。同じ土俵で中国と戦おうと思ったら、みんな不幸せになるだけです。中国と戦わずに共存できる立ち位置はどこかを考え、そこを目指さなければいけません。そしてそれは多くの経済人が言っているのとは、大きく異なる場所です。
2010年6月のクリックスルー(メーカー人気ランキング)をアップ
バイオの買物.comのまとめてカタログの6月メーカー人気ランキング(といっても単なるクリックスルーの集計)をアップしました。
今後はバイオの買物.comの公式ブログにも情報をどんどんアップしていきますので、こっちだけでなく、そっちの方もご覧下さい。
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次号のアイデアは既に決まっていて、20100709号で紹介しているバイオの買物.comのメーカー人気ランキングの解説と、そこから分かるメーカーサイトの大きな落とし穴について紹介する予定です。
乞うご期待
昔の友人・同僚との会食
最初の会社に入社したのが今から16年前。そのときからの同僚、後輩、そして営業に来てくださっていた方と今日、会食をしました。
私はその会社を去って10年近く経ちますので、非常に久しぶりに昔の話をしました。
思うに50-60歳ぐらいになったときの昔話というのは、昔を懐かしむためのものかもしれません。
しかし40代前後の昔話、少なくとも今日私がしてきた昔話というのはそれだけではありません。20代あるいは30歳になったばかりの頃には気づかなかったこと、人生経験を重ねることによって初めて知り得たあの頃のこと、当時は話せなかったけど今なら話せること。そういったことが素直に言い合えました。
10年間たまっていたことが、今日は少し放出できた気がします。より広い世界を自分の目で見ることによって、初めて感じ得た他人への尊敬の気持ち、感謝の気持ちというのがあります。今日はこれを少し伝えることができた気がします。そして逆にそれをいただくこともできました。
懐かしむような昔話をするのはまだ早い。そういうのはあと10年は先にしたいと思っています。その前に僕の人生でこれだというものを一つ成し遂げたい。今日の昔話は、そのための力をもらったような気がしています。
それにしても人生はそのときの年齢によって様々に変わっていくのが面白いです。なんだかますます楽しみになってきました。
明日からまたがんばろう。
「増税」と「織り込み済み」
消費税増税の話が選挙戦をにぎわせています。
1) 増税をしないと日本の財政は破綻するという議論、2) 増税をすれば日本の景気はよりいっそう後退するという議論、そして 3) 増税しつつ景気を向上させる第三の道があるという議論等です。
僕は政権交代時には2)の立場を取っていましたが、今は3)という立場を取っています。なぜかというと株式市場でよく使う「織り込み済み」の状態になってきたと感じるからです。
「織り込み済み」というのは、『株価に影響があるはずのニュースなど(材料)が、すでに株価に反映されていること』を指します。つまり株価を下げる方向に働くニュースがあるにもかかわらず意外と下がらないとか、逆に株価を上げるようなニュースがあっても意外と上がらないというとき、すでにそのニュースは予想されていて、株価にすでに反映されていたということです。
増税の議論に対しても同様の概念は当てはまるはずです。不思議とこれに言及している評論家はいないのですが、考え方としては以下のような話です。つまり日本政府の累積赤字がGDPの200%に達する勢いで、国債発行高が税収を上回っていて、さらにギリシャの破綻等のニュースが報道されている中、国民は将来不安を抱えているはずです。そして近い将来に増税があるか、あるいは年金・社会保障を減らされるか、あるいは国家が破綻するかのどちらかが必ず起こるだろうと誰しもが思うはずです。そして自衛策としては無駄な出費を抑え、将来への備えとして収入を貯金に回そうと考えるはずです。
最近では国民以上に企業が内部に蓄えている余剰金の方が貯金として大きなウェイトを占めるようになってきているという話がありますが、そこでも同様です。日本の国家が不安を抱えていて、国民が消費を抑制していて、さらに世界の経済が冷え込んでいるため、今積極的な投資をするという判断を経営を企業のトップは取りません。利益は投資ではなく、借金の返済および余剰金に回すことになるでしょう。
政治家が今は増税はしないと言ったところで、将来的には増税があるというのは普通に予想がつきます。あるいは国家が破綻するとも予想されています。そして現在の国民および企業の消費水準は、それをすでに「織り込んでいる」と考えても無理はありません。
僕は政権交代時には、まだ日本の国民はそれほど財政について危機感を持っていないだろうと思っていました。国債を所有しているのがほとんど日本人だということもあり、まだまだ時間はあると思っていました。そして積極財政を行い景気を回復させることができれば、財政をなんとかする方向性が見えてくるのではないかと思いました。
しかし野党に追いやられた自民党は執拗に民主党政権の財源の根拠を突いてきます。またマスコミもこの問題を大きく取り上げます。事業仕分けもかなり成功ではあったと思いますが、財源の不安を払拭するものではありませんでした。その上ギリシャが破綻し、世界経済全体に大きな影響を与えています。つまり民主党政権発足時に比べて、増税もしくは大幅な緊縮財政はやむを得ないという空気は強くなったと思います。
その空気が現在もしくは今後数ヶ月間の景気に反映されるのは当然のことです。
ですから、今、税金を据え置くとか、積極的な財政支出をするとか、金融を大幅に緩和すると言ったところで、そう簡単に国民の財布のひもは緩みません。
逆に消費税を増税すると言っても、それは国民の想定の範囲内でしょう。すでに「織り込み済み」でしょう。いつかは来ると分かっていたことです。むしろようやく下らない政争が終わって、日本の将来についての議論がちゃんと始まったと国民が感じることができれば、将来に対する不安が解消され、そして消費向上に向かうかもしれません。今の日本に必要なことに対して真剣に取り組む政府が生まれた、自分たちのことをまじめに考えてくれる人が国を治めている。国民がそのように感じ、政府に対して信頼感を取り戻すことがあれば、一般国民の消費が拡大する可能性が十分にあります。
増税によるネガティブ要素はもちろんあります。しかしそれがすでに「織り込み済み」であれば、増税を行っても現在以上に景気は悪くなりません。それは株価と同様です。
したがって消費税増税の影響を考える上では、現時点でどれだけ「織り込み済み」なのかを正確に把握することが重要です。そして増税議論を政府がしっかり行うことが国民からの信頼回復につながるのかどうか、調査する必要があります。
残念ながらその議論はほとんど聞きません。株式の議論をするときには頻繁に使う「織り込み済み」のコンセプトをどうしてマクロ経済の議論で使わないのか。マネタリストの骨格をなす議論のはずなのに、どうしていざというときは忘れられるのか。そんなことを不思議に思うと同時に、経済学の現状ってこんなもんだよねとも思ってしまいます。
最後の僕のスタンスを紹介します。
僕は増税は織り込み済みだと思っています。だから増税そのものは景気に悪影響を与えないと考えています。むしろ菅首相が言うように、景気に好影響を与える可能性もあります。ただしそうなるためには、政府への信頼感を増すような増税でないといけません。公約違反だという議論に対しては誠実に対応していかないといけないでしょう。増えた税収が正しく使われるという安心感を国民が持たないといけません。その中で蓮舫さんなどの事業仕分けは金額以上に大きな象徴的意義を持ちます。また大部分の日本人が不安に思っている社会の格差に十分に配慮した税制でないといけません。さらにごり押しをした税制ではなく、超党派で議論が行われたものであることも重要です。
そういう意味で増税をするかしないか、消費税は何%になるかという議論ではなく、大切なのは税金の質、そしてそれに至る議論の質だと思っています。
蛇足ですが、消費税を何に使うかの議論はばかばかしくて早くやめてもらいたい。マスコミも取り上げるのをさっさと止めないといけません。借金をしている人が増収分で何をやるか、そんなのは決まっています。これ以上の借金を出さないために使うんです。
メーカーでの値段決定のプロセス
先日のブログで「日本の試薬・機器はなぜ米国より2-3倍 高かったりするか?」について僕の意見を述べました。
その中で多くに人が疑問に思うのは、どうしてメーカーが値段を下げないのかという点ではないかと思います。何か規制だとか、既得権益とかがあって、通常の市場メカニズムが働いていないのではないかと思っている人が多いのではないでしょうか。ですからそういう立場にありそうな個人や団体を非難して、悪者探しをしてしまっているのではないでしょうか。
僕がそういう人に言いたいのは、学校等で習う「市場メカニズム」は基本的に幻想だということです。多くの人が「市場メカニズム」と考えるのは需要と供給の均衡だと思います。しかし少なくとも市場での価格設定に関わったことのある人間、あるいはマーケティングの基礎を学習した人間であれば、需要曲線や供給曲線があんなにきれいになることはなく、受給のバランスで価格が決定されている訳ではないことが分かると思います。
詳しい考察はまた別の機会にしますが、とりあえずいくつかの視点を紹介します。
- 供給曲線は一般に右肩上がりとされていますが、そんなことはありません。むしろ右肩下がりです。工業製品、特にバイオのように複雑なものになればなるほど、モノは多く作れば作るほど、安く作れるのです。
- さらに複数の製品群を抱えている企業では、売れていない製品は値段を下げません。むしろ売れる製品、市場が活発で競合がひしめき合っている製品、経営陣が注目している製品の値段が下がるのです。売れない製品で価格競争が起こるのではありません。逆に売れる製品で価格競争が起こるのです。ライフサイエンス市場ではどういう問題になるかというと、この市場は極端にロングテール(超少量多品種、しかも古い製品がいつまでも残る)なので、市場が活発じゃない部分の占める割合が大きいのです。
- ロングテール部分についてはブランドの力が大きくなります。例えば滅多に使わない試薬だけど、論文に紹介されているものがあって、追試をしてみたいとします。その場合は全く同じ試薬を同じメーカーから買いますよね。値段が安いからと言って他社の試薬を買いませんよね。ですからロングテール部分についてはブランドが固定化するのです。メーカーとしては値段を上げても下げても販売個数はあまり変わりません。
- さてこのロングテール部分、社内での値段決定のプロセスはどうなっているのでしょうか。市場分析をして、これだけの値段にすればこれだけ売れるはずだと推定しているのでしょうか。我が社の売上げを最大化する価格戦略はこれだ!と考えて、すべての製品の価格を決定しているのでしょうか。そんなことは全くありません。来年度の目標利益と製造コストから考えて、全体にこれだけの粗利を稼がなければいけないと判断して、全体として必要な価格上昇率を計算しているのです。そしてロングテールのすべての製品を個別に考えるのは面倒なので、いままでの価格にエイヤーとかけ算をしているだけなのです。
メーカーでの価格決定はざっとこんな感じです。
ちなみにこの価格決定の方法は決していい加減なものではなく、マーケティングのフレームワークとして有名なBCG分析に沿った考え方です。
「神の見えざる手」というのは市場原理に任せれば、自然と最適な方向に向かうという考え方ですが、以上のことを知れば、どうもそう簡単ではなさそうだというのが見えてくると思います。
僕は日本の研究用製品の価格の適正化には国が積極的に関わるべきだと考えています。規制やしがらみを取っ払ったところで何も変わらないと思っています。「神の見えざる手」は働かないのです。それは上述のことを見て来た経験から感じているのですが、機会があったらもう少し論理的に肉付けしていきたいと思います。
日本の試薬・機器はなぜ米国より2-3倍 高かったりするか?
ライフサイエンス研究支援の試薬や機器を日本で買うと、米国より2-3倍高いというのは割と一般的に言われています。実際には製品やメーカーによる違いが大きく、ものによっては米国より安い値段で売っていたりするのですが、古くからある製品についてはおおむねその通りです。
どうしてこうなってしまうのでしょうか?
日本と米国の流通システムの大きな違いは代理店の存在です。日本では顧客である研究者とメーカーの間にほぼ必ず代理店が入っています。代理店は研究者からの注文を受け、メーカーに発注し、製品が届いたら研究室に届けにいきます。それに対して米国では研究者は直接メーカーに発注し、メーカーから直接製品が届けられます。
日本と米国の違いは代理店の存在だから、代理店のマージンの分だけ価格が2-3倍になっているに違いない。そう思っている研究者も多いと思います。
しかし実際には代理店は平均で高々10%ぐらいしかマージンを取っていないと思います(希望小売価格に対しては20%以上のマージンが設定されていても、値引きしたりすると10%も残らないことが多いと思います)。特に大都市圏の研究施設であれば複数の代理店がしのぎを削っていますので、競争の結果マージンはかなり薄くなっています。製薬企業の場合は購買部ががんばっていることが多く、代理店が赤字すれすれでやっているケースも珍しくありません。
ようするに代理店が間にあるのは確かに日米の大きな違いですが、日米価格差の大きな要因にはなっていないということです。どちらかというと無視してよいぐらいの要因だと思います。
それでは内外価格差を生んでいる原因はどこでしょう?
そのヒントを得るために例えばコスモ・バイオ株式会社が株主に公開している財務のデータを見て見ましょう。平成22年12月期第1四半期決算短信の7ページ目を見ると、売上高18.57億円に対して原価が10.55億円となっています。コスモ・バイオ株式会社は試薬の輸入販売が主ですから、原価というのは海外メーカーから試薬を仕入れるときの仕入れ値+輸送費と考えることができます。それに対して18.57 / 10.55 – 1 = 76%を上乗せして販売している訳です。代理店には20%以上のマージンを持たせる感じで希望小売価格を設定しているでしょうから、例えば 10,000円の試薬であれば 10,000 * 1.76 * (100 / 80) = 22,000 円になってしまいます。
つまり内外価格差が生じた大元の原因は、日本で分子生物学が盛んになった1980年代後半から1990年代にかけてはほとんどの製品がコスモ・バイオ株式会社のような輸入商社を経由していて、商社のマージンのために高い価格を設定されたからと考えることができます。そして1990年代後半からは海外メーカーの日本支社が設立されて商社から独立していくことが多くなったものの、これらのメーカーが価格を据え置きました。通常は輸入商社を使うのをやめればメーカーは定価を下げるのですが、ライフサイエンスの分野ではそれが起きませんでした。つまりは内外価格差は輸入商社が間に入っていた時代に生まれ、そしてメーカーが直接販売するようになって固定化してしまったのです。
以上、僕の個人的な考察です。裏付けとなる情報はあまり持っていません。全体を見た中での自分が感じた雰囲気です。
ただハッキリ述べておきたいのは以下の点です。
何かと中間業者、この分野だったら代理店を悪者にしてしまいがちですが、少なくともライフサイエンスの分野においてはそれは全くの検討はずれである可能性があります。代理店はどちらかというと過当競争の中でがんばっていますので、この分野においてはあまり儲けていないはずです。もう少し視野を広げて、中間業者だけでなく大元のメーカーも含めて、いったいどこに原因があるかを考える必要があると思います。
あと、誤解があってはいけないのでハッキリ言いますが、私はコスモ・バイオ株式会社のような商社が悪いとは思っていません。またメーカーの日本支社が価格の適正化をしないでいる理由もよくわかっているつもりです。どちらも資本主義経済の中で、合理的な選択をしたまでの話です。ただ日本がライフサイエンス研究に投じている巨額の税金が無駄にされないためには、どこかにメスを入れないといけません。そして多分ここのあたりがメスの入れどころだと思います。
チームワークについて(本当に大切だと思うのなら経営者は実践しろ!)
「ワールドカップサッカーで日本が決勝トーナメントに進出できたのはチームワークのおかげ」としているtweetを多く見かけます。
直接は関係ないのですが、僕がいままでいた会社で見てきた??なチームワークを紹介し、「チームワークって言うのは簡単、行うは難し」「チームワークって言いながら、もう片方で個人プレイを推奨していないか?」についての僕の考えを述べたいと思います。
みんなでボールのところに行くのはチームワークじゃない
ちゃんと理解していない人がサッカーをやると、みんなボールに群がります。会社でもそういうのがチームワークだと誤解している人がいます。年中パワープレイ(一か八かの攻撃重視戦略)をやって、それがチームワークだと勘違いする人もいます。
「今年はこれが主力製品だから、みんなでこれを売れ!」とか「学術もマーケの人もみんな外に出て営業しろ!」とか、売上げの調子が悪いときの経営陣のヒステリー状態においてしばしば見られる現象だと思います。
サッカーにおけるチームワークは、各人が自分の役割は何かを考え、そしてそれを実行することです。どうやったら一番点数が取れ、点数を取られないで済むかです。そのためにはディフェンダーはちゃんと守備をしないと行けないし、センタリングを上げる人はちゃんとサイドにいないと行けない。フォワードは相手でフェンダーの最終ライン付近でチャンスをうかがわないと行けない。みんながピッチの真ん中でボールを取ろうとしていちゃダメなのです。
でも経営陣がこういうチームワークを理解していない場合、ボールに群がらない人は「チームワークに欠ける」と烙印を押されることもあります。困ったものです。
チームワークと能力評価システムの相性は真剣に考えないと
特に営業部隊にありがちですが、個人の実績に応じていろいろな賞を与えることがあります。でも普通に考えたら、これって個人プレイを奨励していることになりませんか?
チームワークを損なわないように個人の努力を引き出す方法を真剣に考えるべきところですが、やはり経営陣がヒステリー状態になるとうまくいきません。やたらと個人に賞を出したりします。
孫氏の兵法の中にも次の文があります。
「しばしば賞する者は窘(くる)しむなり。」
やたらに賞をくれているのは、士気の低下に苦しんでいることの表れである。
「しばしば罰する者は困(つか)るるなり。」
やたらに罰しているのは、兵士が疲れ果てて命令に服さなくなっていることの表れである。
状態が良いときは賞罰をあまりしなくても組織はうまく機能します。しかしおかしくなると、とかく賞罰によってなんとかしようという心理が経営陣の中に働きます。その結果としてチームワークが崩れ、さらに組織がうまく回らなくなります。悪循環にはまるのです。
チームワークがうまくいっているというのは不安定な均衡状態です。普段から細かくケアしないとすぐにおかしくなります。あるとき急にチームワークと言い出してもダメなのです。
チームワークは経営陣から
チームワークの大切さを経営陣が強調しているにも関わらず、経営陣の仲が悪いことがあります。また経営陣の直下の中間管理職との仲が悪いことがあります。
これでは100%無理です。こんな状態では絶対に組織のチームワークはうまくいきません。組織全体のチームワークを言う前に、経営陣は自分たちのチームワークを改善しなければなりません。
やはり孫氏の兵法に書いてあります。
「それ将とは国の輔(ほ)なり。輔、周なればすなわち国は必ず強く、輔、隙(げき)あればすなわち国は必ず弱し。」
そもそも将軍とは、国家の補佐役である。補佐役が君主と親密であれば、その国家は必ず強くなるが、両者の間に隙間があれば、その国家は必ず弱体化する。
そしてひとたび将軍に軍を委ねたならば、君主が軍のことに口出ししてはいけないと強く戒めています。
面白いのは君主にこそチームワークの責任を負わせていることです。しばしば「ホウレンソウ」とか言って、ちゃんと連絡したり相談したりする責任を部下に押し付ける考え方が多いのですが、少なくとも経営陣レベルではチームワークはトップの責任と兵法では考えているようです。
僕なりの結論
僕自身はチーム競技をあまり経験していないし、本当の意味でチームワークを理解しているかと聞かれれば、多分理解していないと思います。しかしチームワークにプラスにならないものぐらいは簡単に見えます。
サッカー選手なんて小さいときからチームワークの大切さを知っているはずですし、どういうときにチームとしてうまく機能するかをたくさん経験しているはずです。そういう人、しかも一流の人が集まってもうまくいかないことがあるというのが、どうやらチームワークの本当の姿のようです。チームワークをよく知っている人を集めても、だからってうまくチームが機能する訳ではないのです。
多分チームワークというのはうんと繊細なもので、ちょっとバランスが崩れるとおかしくなるものだと思います。そういうものだと思って、特に経営陣は普段からチームワークを強く意識していかないとこれは生まれないのでしょう。
困ったとき、ヒステリーになったときに叫ぶ、単なるかけ声じゃー全くダメなのです。
そして「日本のサッカーチームはチームワークのおかげで勝てたね」と素人ながらに評論するにしても、それを可能にした協会トップ、岡田監督、その他様々な要因に考えを巡らせないと、いったい何が良かったのかは永遠に理解できないと思います。
マーケットリサーチについて思うこと
アップル社のスティーブジョブズはアップルではマーケットリサーチはやらないと断言しています(“Steve Jobs speaks out” Fortune 2008)。
自動車のフォード社を設立したヘンリーフォードは「顧客に何が欲しいかって聞いたら、きっと『もっと速い馬』って答えただろう」と語ったと言われています。
顧客が欲しがっているものを調査してもイノベーションは生まれません。普通にマーケットリサーチをしても生まれません。こんなことをしても、顧客の表面的なニーズが分かるだけというのがほとんどです。イノベーションのために大切なのは、顧客が抱えている問題点、ニーズ(顕在化しているものも、顕在化していないものも)を深いレベルで理解することです。
先日ライフサイエンス研究試薬メーカーの方とお話をして、このことを思い出しました。
そのメーカーの方が言うには、自社で研究者のウェブ利用調査をしたそうです。そしてその結論の一つとして、バイオの買物.comを含めた製品ポータルサイトは利用しないし利用する気もないということだったらしいです。Googleを使って製品を検索する場合でも、検索結果のURLを見て、メーカーの純正サイトを選ぶとのことでした。私がバイオの買物.comを運営していることはもちろんご存知でしたので、とても申し訳なさそうな言い方をしていました。
しかし申し訳ないことは何もないのです。そのメーカーが行ったウェブ利用調査の結果は全く予想通りですし、私も同じように感じています。私の目指していることはこの状況を変えることであって、すでに多くの研究者が製品ポータルを利用しているのであれば、私がいまさら新たにやることはないとも言えます。
少なくとも私が4月に公開した「まとめてカタログ」以外の既存の製品ポータルサイトはハッキリ言って全く不十分です。このことについて私はこのブログで何回か言及しています。a) 網羅的ではない(重要なメーカーが抜けている) b) カテゴリー分けがされていない c) ほとんど価格が掲載されていない など、どれも重大な欠点を抱えていて、研究者が信頼して使うには至っていないのです。そんな状況ですので、マーケットリサーチをやったときに「ポータルサイトは使わない」という結果になるのは当然なのです。願わくば「まとめてカタログ」が研究者にとっては有用で、いままでの考え方を変えさせるものであればうれしく思います。
イノベーション、少なくとも破壊的なイノベーションというのは技術力云々の問題ではなく、顕在化していなかったニーズを如何に満たすかということです。顧客が夢の中でこそ想像はしていても、現実になることを期待していなかった製品を世に出すことです。マーケットリサーチというのは顕在化しているニーズを知るには有効な方法ですが、顕在化していないニーズを拾うことはなかなかできません。だからイノベーションはマーケットリサーチからは生まれないのです。
「まとめてカタログ」が目指しているものは理想の形としてほとんどの研究者の頭にあると思います。研究にマッチした製品を、メーカーを問わず簡単に探せるウェブサイトがあれば、それは便利に決まっています。しかしライフサイエンスという製品数がめちゃくちゃに多く、市場規模も決して大きくない市場で、そこまでの労力を投じる会社なんてあるはずがない。そう思ってしまうとそのニーズは諦められ、顕在化しなくなります。だから「ポータルサイトは使わない」という調査結果になるのです。
iPadが市場に投入される前にも「タブレットPC」は発売されていて、マイクロソフト社などは10年前から売り続けています。でもビルゲイツの期待に反して、大して売れていません。もしiPad発表以前に「タブレット型PCは欲しいですか?」というマーケットリサーチをしたとしたら、ほとんどの人は「いらない」と答えたでしょう。でも実際にiPadが発売されると、バカ売れしました。iPadは既存の「タブレットPC」の概念を書き換えたからです。
同様に「まとめてカタログ」では、ライフサイエンス研究製品ポータルサイトの概念を書き換えたいと思っています。だからマーケットリサーチの結果はあまり気になりません。研究者を長く経験した自分の感覚を信じ、自分の問題解決能力をフル回転させ、多くの人が諦めてしまったようなサイトを現実化するのが私の目標です。
そんな気持ちを強く持ち、がんばり続けたいと思っています。
ライフサイエンスの受託サイービスについて思うこと(ビジネス視点)
アップデート
私は5年前に、ビジネスについてまだまだ知識不足だったときに下記の考えに至った訳ですが、調べてみると経営者なら誰でも読んでいる(と思っていた)ポーターはファイブフォース分析でこの問題を口酸っぱく言っているんですよね。その後もビジネスにいろいろ関わりましたが、ファイブフォース分析をしている人ってまず見たことがありません。「経営を学んだと言っている人は、実際、いったい何を学んできたのだろうか」と真剣に不思議に思いました。いまでもそう思っています。
どこからが新しい受託サービスを始めたということで、今朝チラチラとそのホームページを見ていました。そうしたら5年ぐらい前のことがdéjà vuのようによみがえってきたので、ここに書き留めます。
過当競争
誰しもが分かっていることだと思いますが、研究者向け受託サービスの業界は過当競争です。過当競争が起こる原因は単純です。
- 会社設立に十分な資金が集めやすい: 国家の研究開発ベンチャー支援とか、あるいはバイオと言えばお金が集まるというブームのおかげ等で、小規模のバイオ関連企業を立ち上げることが簡単でした。
- 技術が立ち上げやすい: 例えば受託のDNAシークエンスサービスの大半は、ABIなどの製品を使い、それにちょっとしたノウハウを加えることによって実現が可能です。また抗体作成にしても、そういう仕事をたくさんやっている研究室は多いし、そこの技術をもってくれば基本的に問題なしです。一部少数の人だけが持っている技術というのは特に必要なく、社内で研究開発を重ねる必要もなく、技術的にはかなり立ち上げやすいものです。
- 労働力が安い: 大学や公立の研究機関の給料はバカ安いので、一流研究室で腕を磨いてきたテクニシャンが年間300万円程度でも雇えてしまいます。
こういうことの結果として、研究者向け受託サービスは参入障壁がすごく低くなっています。その気になれば、かなり多くの人が立ち上げられる程度の難易度です。
参入障壁が低ければ、大小を問わずたくさんの企業が参入してきます。大企業はある程度の利益が出ないと撤退する傾向がありますが、小さい企業の場合は赤字ぎりぎり(あるいは赤字のまま)でもその市場から逃げません。競争はかなり激しくなります。
競争があっても、差別化戦略があれば価格競争に飲み込まれずに利益を確保し続ける企業が出てきます。しかし先ほどの2項目目に書きましたように、受託サービスの技術の肝はほとんどがABIなどのメーカーが握っているのです。DNAアレイ受託であればAffymetrixという感じです。受託サービスを実施している企業が提供している付加価値は、全体のバリューの中ではあまり大きな位置を占めないのです。ですから差別化戦略はかなり困難で、結果として価格競争しか方法がなくなります。
研究者が受託サービスに頼む理由
そもそも研究者が受託サービスに頼む理由を考えてみるのも大切です。
- 実験のための設備が高価。しかも共同研究先等で貸してくれそうなところもない。
- その実験を行うためのノウハウが自分にはない。共同研究先も機械は貸してくれるけど、実験まではやってくれない。
- 受託サービスの方が安い
比較的裕福な研究室であれば、通常は実績もたくさん出しているし、共同研究先を探すのに大きな苦労はないと考えられます。したがって1)という問題には当たりませんし、2)というのも大丈夫そうです。つまりお金持ちの研究室が受託サービスをお願いする理由は主に3)になります。ただし例外は医学部等です。医学部では研究実績とは別に、お金で研究成果を買うという側面があります。
結論として、お金がある有名研究室というのは一般に高価な受託サービスを頼むことが少ないと考えられます。ですから受託サービスは限られた予算しかない研究者を相手に商売をすることになります。悪い言い方ですが貧乏人相手の商売ですので、必然的に価格競争になる訳です。
ただしDNAシーケンスやオリゴDNAのように、スケールメリット等の影響で受託に出した方が、ランニングコストだけ見ても安いというケースもあります。こういったサービスならお金持ち研究室でもどんどん使うでしょう。
医薬開発受託サービス (CRO)の場合
研究用の受託サービスの場合は、このように産業構造上、価格競争になる宿命にあると私は当時は思いましたし、いまも根本的な差はないと感じています。その一方で同じ研究用受託サービスとはいえ、医薬開発向けの受託サービスの場合は大きく事情が異なります。
まず、差別化が可能だという点です。基礎研究向けの受託サービスの場合、どのメーカーのどの機器を使うかが肝で、実験の腕や企業ノウハウそのものは大きな差別化ポイントにはならないと私は先程述べました。しかし医薬開発用受託サービスの場合は、企業ノウハウとその企業の信頼性が大きな差別化ポイントになります。
医薬開発受託サービスで得られたデータはそのまま新薬申請のデータになったりしますし、何十億円、何百億円の臨床開発を継続するかどうかの判断に使用されます。また新薬は年間何百何千億円という売上げを残すことが期待されていますので、研究開発の遅れ、つまり市場投入の遅れによる損失は、一日あたり億円単位に上ります。また使用しているサンプルもかなりのコストをかけて集めてきた臨床サンプルだったりします。たとえ無料で受託サービスをやってくれるという会社があっても、信用できなければ製薬企業はそこには頼まないでしょう。
ですから医薬開発受託サービスは利益が出ます。新規参入しようと思っても、そう簡単にはできません。産業構造上そうなっているのです。
教訓
私は基礎研究向けの受託サービスをしばらくやって、結果としてうまくいかなかった経験をしています。そして上に書いたことを思った訳です。結果として得た教訓は次の通りです。
簡単なことに手を出すな。難しいことをしろ。
他人がやらないこと、やれないことをやれ。
簡単なことは他人にとっても簡単です。ですから先行者利益がある間は良いけれども、すぐに儲からなくなります。価格競争の飲まれて、つらい思いをするだけです。
そうではなく、他人がやらないこと、やれないことをやらないといけません。自分だけができて他人ができないこと。ただ人間は生まれながら基本的に平等なので、自分しかできないことを実現するためには他人がやらない努力を積み重ねるしかありません。
そういうのを意識しながらバイオの買物.comをやっています。