オリンピックエンブレム原案が捏造されている可能性について考える

佐野研二郎氏がデザインした東京2020オリンピックエンブレムの原案が公開された。これを公開した記者会見では、大会組織委員会はエンブレム制作と修正のプロセスを公開することで、リエージュ劇場のロゴを真似たわけではないことを主張した。そのことはある程度成功しているようだ。真似たことを疑う報道やインターネットでの書き込みはかなり減ったように感じる。

しかし私はまだ納得できないでいる。この原案と修正案がどうもおかしいのだ。8月5日に佐野件二郎氏がコンセプトを説明してから20日以上がたっているが、この間につじつまが合う説明を考え、それを裏付ける証拠を捏造していたのではないかと私は疑っていた。ここまでひどいことをするとは本当は考えたくないのだが、問題の大きさを考えるとそこまで検討に入れなければならないと私は考えていた。そして残念ながら今回公開された原案は、その捏造の可能性をより強く感じさせるものだと感じている。以下に私がそのように感じる理由を紹介したい。

原案
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修正案
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最終案
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  1. 原案が非常にダサい: これはインターネットを見ても、多くの人が感じているようだ。私は最初にエンブレムを見たときも非常に違和感があり、このエンブレムはオリンピックには向いていないと感じていた。オリンピックにはふさわしくはないものの、デザインそのものとしてのまとまり、完成度、重厚さは優れていると認めていた。しかし原案は完成度、重厚さすらない。バランスに欠け、色合いもただただ軽率な感じで、何よりも安直な感じが強い。これが審査を勝ち抜くのは、到底考えにくい。
  2. 赤い丸が下にあることの違和感: 最終案ではこの赤い丸は鼓動する心臓を表していると佐野氏は解説していたが、同時に日の丸を意識しているのは誰の目にも明らかであった。国旗である日の丸を一番下、地面に配置するのか?日が昇るというイメージではなく、日が沈むというイメージにするのか?「日」「太陽」のイメージとして、それはさすがに理解に苦しむ。
  3. 以前のコンセプトとの不一致: 以前の佐野氏の解説では、真ん中に大きな丸を意識していた点、さらにDidot, Bodoniのフォントの中に日の丸をイメージした点などを述べている。しかし原案を見ると、円形になっているのは赤い丸だけであり、それ以外には曲線は一切なくなっている。佐野氏が解説したコンセプトとは全く合わなくなっている。したがって原案のコンセプトとして全く別のコンセプトが存在していたと考えざるを得ず、修正過程でコンセプトをまるっきり変更したということになる。本当にそんなことをしたのか、強く疑問を持つ。

むしろリエージュ劇場の訴訟をそらすために、あえて中心の大きい円形をなくし、直線中心のデザインに変更し、右下のグレーの箇所を上に移動させ、行き場所を失った赤い丸を下に移動させたのではないか。あえて訴えられないような原案を捏造したのではないか。そう考えたほうが以上の疑問点をうまく解説できる。もちろん普通だったらここまでの捏造はしないだろうと常識的に思う。しかし今回の問題が非常に大きいことに加え、選考過程が非常に閉鎖的であり、20日をかけたこと、そしてなおかつ佐野氏には盗作の前科がある。捏造を疑うのに十分な理由は揃っている。

さて、捏造を疑っただけでは物事は進まない。本当に捏造があったかどうかは証拠を集めないといけないし、そのためには第三者委員会に調査してもらったり、裁判で証拠との提出を要求されたりする必要がある。もちろん佐野氏に盗作の前科があるし、また著作権を軽く考えているという発言もあったので、状況証拠には事欠かないものの、決定的な証拠がない。捏造があったとしても、それが表面化するのはかなり可能性が低いかもしれない。

その一方でやはり誰しもが思うことは、原案として公開されたデザインがあまりにもダサいこと。これは佐野氏のデザイン力をはじめ、審査委員会の公平性を疑うには十分すぎる。今回の記者会見で、法律的には盗作ではないという主張はしやすくなった。しかし一般市民がオリンピックエンブレムを尊敬できなくなる理由はむしろ増えた可能性がある。

また今回の記者会見程度でリエージュ劇場側が裁判を取り下げることは考えにくい。IOCは依然としてこのエンブレムを使い続けようとするでしょうし、そうである限りはリエージュ劇場側は法廷で戦うつもりでいるだろう。

何れにしてもどっちの方向にも決定打が出ていないのが現状ではないかと思う。このまま収束してくれるような気もしないので、次の展開が待たれる。

永井一正さんのコメントを考える:東京オリンピック2020 ロゴ問題

東京オリンピック2020の公式エンブレムの盗作疑惑について、審査委員の代表、永井一正さんがコメントをした。

まず第一印象としては、非常に丁寧な印象がある。というか、まともである。ネットで「佐野チルドレン」と呼ばれている、佐野研二郎氏を擁護するデザイナーたちのあまりの下品さと比べると、「あぁ、こういう話し方をする人の意見ならちゃんと真面目に聞いてみよう」って思わせる。

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ただ、だからと言って永井さんのコメントを鵜呑みにはできるわけではない。この問題は依然として不思議な点が残っているからである。

そして永井さんのコメントの一つ一つを取り上げて、それを疑うことは私はあえてしない。なぜなら今回の問題の大きさを考えれば、永井さんを信じる切る十分な理由がないからである。ここまで大事になったからにはすべてに懐疑的にならざるを得ない。

それよりも以下のことに注目するべきだと感じる;

  1. 問題が表面化してから20日以上経ったタイミングで初めてデザインの変遷に言及したこと。本来であればこれは8月5日の記者会見で言及があってもおかしくないし、私も、大阪芸術大学の純丘曜彰教授も、そしてベルギーの劇場のデザインを手がけたOlivier Debie氏自身もここを突いている。これだけの間、審査員に口止めをしていたという事実だけははっきりしている。その裏には、何か疑わしい事情があったのではないかと想像してしまう。
  2. 「個人的には、応募されたほかの案や審査の過程も公表した方がいいと思う」と永井氏はコメントしているが、この含みのある表現が気になる。大会組織委員会が記者会見を開くのではなく、永井氏が朝日新聞の単独インタビューに応じる形でこの情報が出てきているのも疑わしい。大会組織員会が本気で審査過程を公開するつもりなのか、それとも時間稼ぎをしようとしているのか。どちらかという後者のように見える。

何しろごく少数の審査員が密室で議論を行ったというだけの審査過程である。しかも、もし佐野氏のオリンピックエンブレムを取り下げるとなると、審査員自身にも損害賠償責任が及ぶ可能性だってあるし、デザイナーとしてのキャリアはもちろん大きく傷つく。審査員としては嘘をついてでもなんとかやり過ごそうと思うはずだ。そしてそのために時間稼ぎをした可能性は否定できない。

永井さんのインタビューはその疑念を払拭するものではなく、考えようによってはより疑念を深くするものであったと私は感じる。

STAP細胞をめぐる研究不正でも第三者による不正調査委員会が立ち上げられ、調査が進められた。今回のオリンピックエンブレムの件でも是非そのような調査をしてほしいものである。

Google Now And The Priorities At Google

Mark Bergen (@mhbergen) wrote an interesting story on Google on how most of the original Google Now team has left the company, mainly due to a lack of prioritisation.

Although we need further reports to confirm this and to get a picture of what the consequences may be, I found this very interesting because it aligns with some predictions I had made previously.

  1. Predicting Android’s Change Of Direction: Thoughts from Andy Rubin’s Demotion (Apr. 2013, in Japanese)
  2. Who Is To Blame For Samsung’s Bad Fortune? (Nov. 2014)
  3. Android No Longer Competes With iOS (May. 2015)

Mark Bergen’s article in essence says;
1. Google Now was born within Android.
2. Larry Page heavily prioritised it, but then became too busy with moonshots.
3. Sundar Pichai de-prioritised Google Now as an independent intelligent assistant, and moved it from Android to Search.

My argument was that whereas Andy Rubin wanted Android to be the best mobile operating system in and of itself, Larry Page (and consequently Sundar Pichai) thought of it as a gateway to their Search cash cow. Hence priorities are determined based on potential contribution to the Search business, and not on the merits of Android itself. It seems to match Mark Bergen’s discussion, with the exception of heavy support from Larry Page, which I didn’t expect because of how he removed Andy Rubin.

At this point, it is difficult to say whether Google Now should be a priority for Google or not. I suspect that Android is more focused on emerging countries than developed ones, and if so, then de-prioritising Now makes sense. It’s also unclear whether Google Now will really provide good advertising opportunities. Despite theoretically being attractive for ads, I do not know of any mechanism provided by Google for purchasing ad space, and it is possible that it isn’t really very good. Sundar Pichai may be fully aware of the consequences of what he is doing, and that he is convinced that it is better for Google long-term. Google’s multiple projects were always in conflict in one way or another, and it’s possible that Sundar is simply clearing the mess up.

What I do worry about is the fate of Android OEMs. Android, if it is to compete with iOS at all, needs to have features that are unique to it. Tight integration of Google Now seemed to be a great opportunity. Without it, Android will struggle even more in the high-end. As a result, profits for Android OEMs will get even worse.

デザイナーの法律知識は大丈夫か?

デザイナーの法律知識が非常に心配になってきた。

佐野研二郎氏がFNNに取材にこのように答えたようである。

それが、誰か特定の人のアイデアとして認められ、ほかの人が使えないということであれば、デザインの世界では、できないことがほとんどになってしまうと思いますし、わたしはそうではなく、ほかの誰が使っても、問題のないものだと思います
(強調は筆者)

著作権裁判を控えている佐野氏がこのようなことを語って良いのか。これは著作権を侵害したと自ら認めたように受け止められてしまわないか。これが非常に心配である。

佐野氏の言葉は事実上「他人のアイデアは無条件に使って良いと思う」とまで語っているようにさえ聞こえる。ということはベルギーの劇場ロゴだって「使って良い」と彼は判断したのだろう。これはまずい。法律的に言えば「依拠性」を自ら認めているから。「使った」とまでは言い切っていないものの、コンテキストを考えると非常に微妙なことを佐野氏は言ってしまっている。

ベルギーもアメリカのデザイナーも、すぐに弁護士に相談している。佐野氏には弁護士は付いていないのか。こんなことを言ったら不利だよって誰も言ってくれなかったのか。博報堂ではそういう教育もなく、顧問弁護士もいないのか。

佐野氏および大会組織委員会がここ数日沈黙していたのは、損害賠償問題を含め、裁判の行方、法律上の問題を検討しているからだと思っていた。それすらしていない可能性が出てきたわけで、これはいよいよ全面敗北になりそうな予感がしてきた。

デザイナーが著作権侵害で訴えられないための簡単な方法

あらかじめ断っておく。私はデザインの世界は知らない。しかし自分が行った研究でしっかり特許をとって、権利を守るための方法は知っている。そしてそれに照らし合わせると、オリンピックエンブレムの問題に対するデザイナーの反発が非常に幼稚に見える。

簡単に言うとこういう反発だ。

  1. 中村勇吾: 「すごく基本的な形態の組み合わせのシステムなので世界中探したらどっかに似たアウトプットは必ずあるだろう。これでパクリだと揚げ足取られると今後シンプルな提案は何も出来なくなる」 リンク
  2. 水野祐弁護士: 「著作権法は偶然似たものを侵害とはしない」「『パクり』という言葉を使って煽ってるとしか思えない。発言を拾った報道側のリテラシーの問題では」 リンク
  3. ナガオカ ケンメイ: 「シンプルで力強いデザインはグラフィックに限らず、似てきます。」 リンク
  4. 中村勇吾: 「これでパクリだと挙足取られると今後シンプルな提案は何も出来なくなる。」 リンク

他にもこちらにいろいろある。

研究の世界では

理研の小保方晴子氏のときに話題になったのはノートである。別に3年間で2冊しかノートがなかったこと自体が問題ではない。もし他の研究者が実験を再現し、STAP細胞の存在が明確に確認されれば、ノートがどんなに少ないかは問題にならない。正直な研究者だって過去の実験を再現できないということはある。しかし正しく実験を行ったかどうかは、詳細なノートがあれば証明できる。問題はノートがなかったために自分の身を守れなかったことである。

実験ノートには日々の着想と実験計画、そして得られた細々とした結果を記す。そして理想的には共同研究者に毎日見てもらい、確認のサインをもらう。仮に実験結果を捏造するにしたって、このノートのすべてを捏造することは難しいので、だからこそ証拠として価値がある。

デザインの世界では

今回のオリンピックエンブレムで問題になっているのは著作権である。そして著作権を侵害したかどうかは、結果として似ているかどうかではなく、根源的には元の著作物を許可なく使用したかどうかである。したがって最終的な成果物ではなく、デザイン過程の問題である。だから佐野研二郎が示さなければならない証拠は最終成果物のに関するものではなく、製作途中に関するものである。

これについては私も言及しているが、やはり大阪芸術大学の純丘曜彰 教授が書いたものが詳しく書いてある。

では具体的にどのようなものをデザイナーは証拠として提示するべきなのか。純丘曜彰教授は以下の例を示している。

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ここでは最終的なデザインに至るまでの多数の試行錯誤が示されており、これがあれば最初の着想から最終的なデザインに至る道筋が説明できる。そして問題になっているベルギーの劇場のロゴがこの中にあれば問題外だが、ないのであればたまたま独立に似たデザインになったことを主張できる。

実際、ベルギーの劇場のロゴをデザインしたOlivier Debie氏はこう語っている

“Sano gave no explanation showing the artistic progression and development of his logo. He only explained how, according to him, the philosophy behind his design was different,”
“Sano’s explanations do not appear to me to be convincing,”

つまり佐野研二郎氏の説明では、ロゴがどのように発展し作られて行ったかの説明がなく、それでは著作権侵害がなかったという証明にならないというのである。裏を返せば、純丘曜彰教授が例示したようなものがあれば、著作権侵害がなかったことを証明できたことになる。

デザイナーはどうすれば良いか

答えはすごく簡単で、日本のデザイナーがそうしていないとは正直信じられない。

例えばデザインした電子ファイルは上書きせずに、日付などをつけた別のバージョンを毎日保存すれば良い。あるいはMacのTime Machineなどでバックアップしていれば、かなり過去にさかのぼってファイルを復元することが可能である。最近ではDropBoxでも過去のバージョンを復元できるし、プロバージョンであれば無制限に履歴を保存できる。理想的にはSubversionやGitなどのようなバージョン管理ソフトを使えば完璧である。

紙に書いたものであれば、毎日日付をつけてファイリングすれば良い。理想的には同僚にサインをしてもらえればよいし、研究でも使われているようなページを差し替えたり挿入したりできないようなノートを使えばよい。

こういったことも考えずに「これでパクリだと挙足取られると今後シンプルな提案は何も出来なくなる。」などというのは、研究者出身の身としては甘えにしか聞こえない。そろそろデザイナーも自分たちの身を守る方法を真面目に考えたらよいのではないかと思う。

そしてもうひとつ大切なことは、特許紛争では当然のように実験ノートの提出が求められるが、デザインに関する裁判でもこのようなノートの提出(もちろんSubversionやGitのリポジトリでもよい)が義務になればよいのではないかと思う。

Evaluating Windows 10’s Launch

About two weeks ago, I mentioned that one could use web usage statistics to monitor the penetration of Windows 10. As Microsoft itself mentioned, Windows 10 had a very successful launch and huge numbers of installations during the first days after launch.

Here I would like to show how web usage of Windows 10 looks after 20 days and how it compares to previous Windows launches.

In the following, I will use data from StatCounter and focus primarily on US data. I do not consider the way StatCounter aggregates global data to be meaningful so I will only look at data per country (I don’t agree with NetMarketShare’s weighting method either).

The following the US StatCounter data for only PCs (excluding tablets, smartphones and consoles). The data goes back to 2008 so we can monitor the launch of Windows 7, as well as Windows 8 and 8.1. Windows 10 does not yet have its own line, but from the CSV data that you can also download, we know that the final uptick in the “other” category at the right end of the graph is almost entirely due to Windows 10, which garnered 5.72% web usage share on August 2015 (to date).

StatCounter os US monthly 200807 201508

We can clearly observe the following;

  1. Windows 7, 8 and 8.1 experienced stable increases in usage share up until the point where a new version of Windows was released. Although there is a slight flattening of the slope, this is to be expected as the number of computers with older versions decrease.
  2. The only event that significantly slows the increase of usage of a certain Windows version, is the release of a newer version. Growth of Windows 7 web usage flattened only when Windows 8 was released, and likewise, Windows 8 growth slowed only after Windows 8.1 was released.
  3. Importantly, there is little evidence that there is an initial burst of upgrades followed by a severe slowing down.
  4. However, the rate of increase in web usage differs significantly between versions. Windows 7 had much better uptake compared to Windows 8. Windows 8.1 improved on Windows 8, but was still not as rapid as Windows 7. This suggests that uptake is positively related to how well the OS is received, and not so much to the sales of PCs in general.
  5. Windows 7 managed to penetrate 50% of PC web usage in August 2012, 3 years after being launched in October 22, 2009. Web usage share in the first month after launch rose to 6.61% maximum.
  6. Windows 10 web usage increase in the first month following launch is phenomenally rapid. It has risen to a maximum of 7.97% in the first 20 days since launch.

There are some questions that arise from this data;

  1. How could Windows 7 achieve 50% penetration in 3 years when the refresh cycle is ~5 years?: It is widely known that most Windows OS upgrades come from customers purchasing new PCs. Most Windows customers do not go out and buy new versions of the OS and install it themselves. The way to understand this is that inside the 1.5 billion PC installed base, there are some PCs that are used frequently and some that are only seldom used. The seldom used PCs do not get upgraded or refreshed but they also do not show up in web usage data. Hence if we look only at the frequently used PCs which do show up in web usage data, the refresh cycle will probably be closer to 3 years than 5 years.
  2. Can we estimate the size of pent-up demand?: Windows 7 managed to reach 50% penetration in 3 years. On the other hand, even after 3 years since Windows 8, the combined web usage share of Windows 8 and 8.1 is only 20%. This suggests that there might be 30% points of pent-up demand.
  3. Can Windows 10 maintain its current rapid adoption rate?: This is the big question that needs to be addressed. At this point everything is highly speculative, but I think the signs are positive. I do not think it is unreasonable to expect 40% web usage within a year (Windows 7 reached almost 25%).

A rapid upgrade towards Windows 10 is a pre-requisite for Microsoft’s strategy of moving towards a universal platform for multiple devices and getting developers on-board. Web usages statistics suggest that this is what we are seeing right now.

Chromebooks and iPads in U.S. Schools

A recent blog on the New York Times described how Chromebooks are gaining in the U.S. education market (K-12). I have wrote quite a lot about Chromebooks on this block, and this article tells us that progress has been made on the part of Google. Of course, the market that is described in this article is quite small with only 13.2 million units annually, in comparison to over 300 million PC units (excluding tablets) sold worldwide, and as far as I know, Chromebook’s success in K-12 education has not expanded to other markets (including international). Nonetheless, this is good news for Google.

The comments section is also very good, with some specific examples of why certain schools decided to purchase Chromebooks instead of iPads or Windows PCs.

My broad-view understanding is that Chromebooks are serving pre-existing needs that are mainly administrative by nature, and are best understood as sustaining or efficiency innovations. The blog post and the associated comments strengthen my view.

The real problem as I see, it is that there is a huge amount of potential in bringing technology to the classroom, but there is still too little investment in terms of hardware, software, curriculum and teaching skills. Sustaining and efficiency innovations won’t take us there. They don’t provide administration with good reasons to invest more; they only give us reasons to spend less. We need empowering innovations (such as which the iPad promises to bring) for that.

Data shown in this article

名称未設定 numbers

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東京オリンピック2020エンブレム問題のターニングポイントは?

まだ確定的な情報はないようだが、東京都から佐野研二郎および博報堂に200億円が支払われるという話が出てきている。

いままでは具体的な金額の話がなく、単に盗作ではないかという疑惑だけだった。しかしこれだけの金額が税金から支払われるとなると、都のほうから納税者への説明責任がクローズアップされるだろう。舛添都知事も動かざるを得なくなるのではないかと私は期待する。

期待としては選考過程にメスが入ってほしい。しかし競技場問題でも踏み込んだ話には一切発展していないので、残念ながらそうならないかもしれないと予感はしている。

Update

そうかも知れないなと最初っから思っていたのだが、やはり200億は誤報だったようだ。

App Stores as Commodities

Analysts all know that Android smartphone hardware is being commoditised and the implication is that value is moving up into the cloud. The idea is that hardware OEMs will no longer be able to earn profits, and the only profits in the ecosystem will be gained by players who own cloud services. Thus Google will profit as will Xiaomi, which supposedly has a good cloud business in China.

I disagree. Whereas I agree that hardware is being commoditised, I do not assume that the beneficiary will necessarily be the owners of cloud services. Instead, the profits will simply be made in any layer in the value chain which provides a service/product which has not been commoditised (i.e. products/services for which customers are willing to pay a premium). This layer is not necessarily cloud services or even services in general. It could even be hardware components.

What is important to realise is that all cloud services are not created equal. There are cloud services which provide little added-value and are hence easily commoditised. On the other hand, there are cloud services which provide immense value which can not be replicated by competitors, and which earn disproportionate profits. Hence there will be unprofitable and commodity cloud services, just as there are profitable and differentiated ones.

One of these commoditised services (there are actually quite a few) is the Android App Stores. We know, for example, that there are more than 10 of these in China (1, 2) with huge numbers of downloads and revenue. Obviously, from a technical point of view, creating a good App Store is not difficult. Here, I’d like to point out that Japan has its fair share of App Stores as well.

  1. AU Smartpass App Store: This is the app store for the second largest carrier in Japan. For 3 USD per month, users can download as many apps they want from the AU Smartpass App Store. Included in this monthly fee, subscribers can also get a free anti-malware service, a “find my phone”-like service, data backups, 50GB of cloud storage, etc. The application for this store is prominently placed on the top screen of the Android devices that AU sells, just next to the Google Play App icon.
  2. Softbank App Pass: This is the app store for the third largest carrier in Japan. The price is similar to the AU store at about 3 USD per month.
  3. Rakuten App Store: This was just released on August 19th. Reportedly, it has about 390 applications and will offer 10% discount on the price of apps in the form of loyalty points. Developers will also be paid 75% of the regular price, as opposed to 70% for Google Play. Essentially, Rakuten will run this app store on only 15% margins as opposed to 30% margins for Google Play. The interesting thing here is that in addition to being the largest e-commerce company in Japan, Rakuten also owns an MVNO and will preinstall this App Store application on all the devices that they sell.

What is clear to me is that App Stores are a commodity business. Although Google Play currently has, and will probably continue to have the largest selection of apps in the world, this does not mean much if the most popular apps are being sold on alternative app stores at significant discounts or as an all-you-can-eat package. Customers will purchase most apps from the cheaper app store, and only download apps that they cannot find there from the Google App Store. Unless the Google App Store matches the prices of the other App Stores, Google will lose business.

It will not be difficult for other countries to replicate this business. You don’t necessarily have to match the vast number of apps in the Google Play store; you just have to get the more popular titles (for your country) on board, and promise a higher revenue share for the developers, while discounting for the customers.

東京オリンピック2020エンブレム 盗用疑惑のポイント

誤解している人が多いようなので、私自身も専門家ではないが、とりあえずメモ。

  1. まずベルギーのリエージュ劇場のエンブレムは商標登録されていないので、裁判は著作権に絞って争われるだろう。
  2. 著作権上は似ているか否かは問題にならない。結果としてたまたま似ているものを作ってしまったも著作権侵害には当たらない。Wikipediaによれば、「著作権は相対的独占権あるいは排他権である。特許権や意匠権のような絶対的独占権ではない。すなわち、既存の著作物Aと同一の著作物Bが作成された場合であっても、著作物Bが既存の著作物Aに依拠することなく独立して創作されたものであれば、両著作物の創作や公表の先後にかかわらず、著作物Aの著作権の効力は著作物Bの利用行為に及ばない」。したがって裁判ではリエージュ劇場のエンブレムと東京オリンピックエンブレムの類似性そのものは問題にならない。問題になるのは東京オリンピックエンブレムが二次著作物 (derivative work)かどうかである。もし二次著作物であれば、リエージュ劇場は東京オリンピックエンブレムの使用差し止めなどの権利を持つ。

サントリーのキャンペーンで”BEACH”と書かれた標識を、標識の細かい傷を含めてそっくりコピーしたのは、元のものをそっくり利用したことが明白であり、偶然の一致はあり得ない。したがって著作権を侵害したことを否認することは現実的に不可能である。訴訟を起こされれば、あとは賠償額がいくらになるかだけである。

東京オリンピックエンブレムの場合は偶然似たのか、それともリエージュ劇場エンブレムを参考に、これを改変するように作られたのかが焦点になる。これを証明するためには結果として類似性ではなく、制作過程が問われる。リエージュ劇場側は制作過程でデザインが無断で使用されたことを証明する論拠が必要だし、逆に東京オリンピック側はリエージュ劇場のエンブレムを改変したのではないことを示さないといけない。繰り返すが、結果としての類似性の程度は問題ではない。

さてリエージュ劇場側の弁護士、Alain Berenboom氏はかなりの大物弁護士のようである。彼が登場しているからには著作権侵害の何らかの証拠、つまり制作過程でリエージュ劇場のエンブレムが無断使用された証拠を持っている可能性が高い。その証拠が何かがかなり興味深いが、Pinterestを見ていたか否かのレベルではないだろう。

なお専門家も類似性に基づいた著作権侵害の証明は困難という意見で一致しているようで、私も確かにそうだろうと思う。問題はあくまでも制作過程について、リエージュ劇場側が何らかの情報を持っているのではないかということだ。これについては以前にここで議論した。