オリンピックエンブレム原案が捏造されている可能性について考える

佐野研二郎氏がデザインした東京2020オリンピックエンブレムの原案が公開された。これを公開した記者会見では、大会組織委員会はエンブレム制作と修正のプロセスを公開することで、リエージュ劇場のロゴを真似たわけではないことを主張した。そのことはある程度成功しているようだ。真似たことを疑う報道やインターネットでの書き込みはかなり減ったように感じる。

しかし私はまだ納得できないでいる。この原案と修正案がどうもおかしいのだ。8月5日に佐野件二郎氏がコンセプトを説明してから20日以上がたっているが、この間につじつまが合う説明を考え、それを裏付ける証拠を捏造していたのではないかと私は疑っていた。ここまでひどいことをするとは本当は考えたくないのだが、問題の大きさを考えるとそこまで検討に入れなければならないと私は考えていた。そして残念ながら今回公開された原案は、その捏造の可能性をより強く感じさせるものだと感じている。以下に私がそのように感じる理由を紹介したい。

原案
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修正案
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最終案
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  1. 原案が非常にダサい: これはインターネットを見ても、多くの人が感じているようだ。私は最初にエンブレムを見たときも非常に違和感があり、このエンブレムはオリンピックには向いていないと感じていた。オリンピックにはふさわしくはないものの、デザインそのものとしてのまとまり、完成度、重厚さは優れていると認めていた。しかし原案は完成度、重厚さすらない。バランスに欠け、色合いもただただ軽率な感じで、何よりも安直な感じが強い。これが審査を勝ち抜くのは、到底考えにくい。
  2. 赤い丸が下にあることの違和感: 最終案ではこの赤い丸は鼓動する心臓を表していると佐野氏は解説していたが、同時に日の丸を意識しているのは誰の目にも明らかであった。国旗である日の丸を一番下、地面に配置するのか?日が昇るというイメージではなく、日が沈むというイメージにするのか?「日」「太陽」のイメージとして、それはさすがに理解に苦しむ。
  3. 以前のコンセプトとの不一致: 以前の佐野氏の解説では、真ん中に大きな丸を意識していた点、さらにDidot, Bodoniのフォントの中に日の丸をイメージした点などを述べている。しかし原案を見ると、円形になっているのは赤い丸だけであり、それ以外には曲線は一切なくなっている。佐野氏が解説したコンセプトとは全く合わなくなっている。したがって原案のコンセプトとして全く別のコンセプトが存在していたと考えざるを得ず、修正過程でコンセプトをまるっきり変更したということになる。本当にそんなことをしたのか、強く疑問を持つ。

むしろリエージュ劇場の訴訟をそらすために、あえて中心の大きい円形をなくし、直線中心のデザインに変更し、右下のグレーの箇所を上に移動させ、行き場所を失った赤い丸を下に移動させたのではないか。あえて訴えられないような原案を捏造したのではないか。そう考えたほうが以上の疑問点をうまく解説できる。もちろん普通だったらここまでの捏造はしないだろうと常識的に思う。しかし今回の問題が非常に大きいことに加え、選考過程が非常に閉鎖的であり、20日をかけたこと、そしてなおかつ佐野氏には盗作の前科がある。捏造を疑うのに十分な理由は揃っている。

さて、捏造を疑っただけでは物事は進まない。本当に捏造があったかどうかは証拠を集めないといけないし、そのためには第三者委員会に調査してもらったり、裁判で証拠との提出を要求されたりする必要がある。もちろん佐野氏に盗作の前科があるし、また著作権を軽く考えているという発言もあったので、状況証拠には事欠かないものの、決定的な証拠がない。捏造があったとしても、それが表面化するのはかなり可能性が低いかもしれない。

その一方でやはり誰しもが思うことは、原案として公開されたデザインがあまりにもダサいこと。これは佐野氏のデザイン力をはじめ、審査委員会の公平性を疑うには十分すぎる。今回の記者会見で、法律的には盗作ではないという主張はしやすくなった。しかし一般市民がオリンピックエンブレムを尊敬できなくなる理由はむしろ増えた可能性がある。

また今回の記者会見程度でリエージュ劇場側が裁判を取り下げることは考えにくい。IOCは依然としてこのエンブレムを使い続けようとするでしょうし、そうである限りはリエージュ劇場側は法廷で戦うつもりでいるだろう。

何れにしてもどっちの方向にも決定打が出ていないのが現状ではないかと思う。このまま収束してくれるような気もしないので、次の展開が待たれる。