生き物の本質的難しさ

私は生物とプログラミングが同じ課題を抱えていて、お互いに似たような進化をしてきたのではないかという仮説を持っていますが、関連する記事をウェブで見つけました。

“現代的プロトタイピングのすすめ~古くて新しい可視化手法”

この記事は100%ソフトウェアについて書いてあるものですが、その中で1987年のFrederic P.Brooks, Jr.による著書「銀の弾丸はない:ソフトウェア工学の本質と課題」が紹介されています。

面白いのはその中の図表です。「ソフトウェア」を「生き物」と置き換えてもほとんどそのまま通じるように思いますが、いかがでしょうか。

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「生物の本質って何だろう」っていう疑問はよく聞く話で、例えば自己複製できることであるとか、エネルギーの流れ(代謝)であるとか言っている人がいます。それぞれに着眼点は素晴らしいと思います。でも私にとってはどの見解もあまりおもしろみを感じません。「生物」という存在と、現代人が築き上げた「技術」をつなげるような考えではないからです。

現代の高度な機械技術ことが人類の「バビルの塔」であり、人間が神に一歩ずつ近づこうとしている中間点だと私は思っています。そして神が築き上げた最高傑作こそが「生き物」。科学の究極的な目標が神の設計図を読み解き、理解し、模倣することであるとするのならば、「生命の本質」に関する議論もまた、どうやったら人工的に生命が作れるかに結びつかなければならないと思います。

この視点に立つと、人類が既に築き上げた技術力の中で、生物に最も近いものは何かを考えたくなります。

もし「生物の本質」を「複雑性」だと考えるならば、それは間違いなくプログラミングだと思います。私がここに着眼しているのはそのためです。

なお生物とプログラミングを比べてみることについて、私はこのブログでも過去に紹介していますので、ご覧下さい。(オブジェクト指向プログラミングと生物システムの類似性(作成中)オブジェクト指向プログラミングと生物学