資本主義社会のメディアはすべて「現状に満足するな」ということだけをアナウンスしている

以前にも紹介した内田樹さんのブログから
「厭味なインタビュイー」

当たり前のことだが、今の自分のありようにそこそこ満足している人間の消費活動は、可処分所得とかかわりなく、不活発である。
だから、資本主義社会のメディアはすべて「現状に満足するな」ということだけをアナウンスしている(嘘だと思ったら手元の新聞でも雑誌でもめくってみたらよろしい。「現状に満足しましょう。日本もあなたもこれでいいじゃないですか」と書いている記事をみつけてご一報くだされば粗品を差し上げてもいいくらいである)。
そうしないとモノ(新聞や雑誌やテレビ番組もモノである)が売れないからである。
しかし、それは資本主義の側の事情であって、人間の側の事情は違う。
人間はできるだけ「ありもの」に満足しているほうが幸福である。
自分の生まれた境涯に満足し、自分の容貌に満足し、自分の才能に満足し、自分の健康状態に満足し、自分の配偶者に満足し、自分の子供に満足し、自分の国に満足し、たまに鏡を見て、「ま、こんなもんだわな」とへらへらしている鼓腹撃壌タイプの人間がいちばん幸福である(ほんとに)。

地球温暖化、金融危機などの世界的な問題を考える上で、これはとても的確な指摘だと感じました。

現代人が地球何個分の資源を消費しているかという指標を最近見ますが、日本人は地球2.47個分、アメリカ人は地球5.28個分という数字となっているそうです。

西欧的な資本主義がこれをあおったのかもしれません。

エコロジーの観点ではないのですが、アメリカの社会問題を歌にしているTracy ChapmanのMountains O’ Thingsの歌詞を思い出します。

Consume more than you need
This is the dream
Make you pauper
Or make you queen
I won’t die lonely
I’ll have it all prearranged
A grave that’s deep and wide enough
For me and all my mountains o’ things

必要以上に消費すること
これが夢だよね
乞食になるか女王になるかだ
ぼくは寂しく死んだりはしない
ちゃんと準備しておくよ
深くて広い墓を作って
ぼくとぼくの山ほどのモノを埋めるのだ