金融アナリストのヒステリー

Steve BallmerがMicrosoftのCEOを退任する方針になったことを受け、ウオール・ストリート・ジャーナルがヒステリー的な記事を並べていたので取り上げてみます。

  1. 「次期CEOの最大の任務:マイクロソフト企業文化を変える」
  2. 「マイクロソフトにはゲイツの伝統を破壊する人物が必要だ」

「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」

「次期CEOの最大の任務:マイクロソフト企業文化を変える」の記事を引用します。

マイクロソフトの元・現従業員や業界幹部は、バルマーCEOの後任者が誰になるにせよ、その人は企業文化の再構築という難題に直面すると語る。その企業文化というのは、少なくとも目先は安全だが確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化だ。 前CEOのビル・ゲイツ氏と先週退任を発表したバルマー氏の下で、マイクロソフトは「オフィス」や「ウィンドウズ」といった人気商品に磨きをかけ、収益の原動力にした。

ただしバルマー氏のシニアアドバイザーを務めるクレイグ・マンディ氏によると、同社で新しいアイデアが採用されなかったのは、その社内構造のために部署間の協力が簡単でなかったからだという。そこでバルマー氏は先月、同社の組織再編を行った。マンディ氏は、次期CEOが「より良い組織構造を持ったマイクロソフトを受け継ぎ、新しいアイデアが実現されるだろう」と話した。

まず「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」というのが、まさにウオール・ストリートにいる金融関係者が株式を公開している企業に何よりも求めていることであって、それを否定するのはかなり変だなと思います。

加えて、Microsoftの黄金時代から企業文化は変わっていないんじゃないのという疑問があります。つまりウオール・ストリート・ジャーナルが否定しているMicrosoftの企業文化というのは、実はMicrosoftの黄金時代を支えた企業文化と何ら変わらないのではないかということです。

したがって、この程度の議論で「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」を否定するのはあまりにも乱暴であろうと思います。

(記事の中では利益を優先しない企業文化がアップル、グーグルやアマゾンの成長の原動力になったとしています。しかし、これもまためちゃくちゃな議論です。グーグルの成長を支えているのは1996年に開発された検索技術であり、以降のアイデアは収益を支えていません。またアマゾンを支えるイノベーションはコスト削減に集中しています。)

Microsoftがイノベーションできなくなったのは、トップになってしまったから

Microsoftからイノベーションが生まれなくなった時期は、MicrosoftがAppleのMacintoshを完全に隅に追いやり、ブラウザ戦争でNetscapeを葬り去り、シンクライアントを提唱するSunを撃破してサーバー市場でも強大な力を得るようになってからでした。敵をすべて葬り去ってからイノベーションが停滞します。

Windows XPが登場すると、MicrosoftはUnixと同様にマルチプロセスが可能で堅牢なOSを手に入れ、広く普及させます。おかげでMac OS Xが登場しても、またLinuxが洗練されていっても、ほとんど営業力だけで駆逐できました。2001年の登場から2006年のVista発売まで、Microsoftはずっとこのバージョンだけで圧倒的な市場シェアを謳歌しました。

ブラウザについても同じです。2001年のInternet Explorer 6の登場でNetscapeを葬り去ると、2006年のInternet Explorer 7までたった一つのバージョンで市場を圧倒しました。

トップになってからイノベーションが停滞するのは、傲慢になったからだとか、危機感がなくなったからだという人がいます。しかしMicrosoftが研究開発の手を緩めたというのはおそらく間違いです。研究開発投資は継続して投入されていたはずです。

問題は傲慢になったからではなく、トップという立場がMicrosoftのイノベーションスタイルにマッチしなくなったからです。

Microsoftがイノベーションできるのは、二番手の時

Microsoftのイノベーションスタイルは、既に成功している市場の一番手を追いかけ、それと同等の製品を安く提供するか、それをしのぐ製品を作るかのいずれかです。

「既に成功している市場の一番手」、つまり真似る対象がないと、Microsoftはイノベーションができないのです。

例えばウオール・ストリート・ジャーナルの記事では、以下の企業文化を問題にしています。

  1. 確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先される
  2. 社内構造のために部署間の協力が簡単でない

しかしこれらの文化が問題になるのは、方向性がはっきりしないとき、どのような製品を作れば儲かるかがはっきりしないときだけです。

例えばWindows XPの時は、「Unixと同じようにマルチタスクが可能で堅牢なシステムを土台に、Macintoshと同じ使いやすさを組み合わせれば爆発的に売れる」というのは明確でした。非常にはっきりしたゴールがありました。したがってWindows XPを開発するときには「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先される」という企業文化はプラスに働きますし、目標が明確なので「社内構造のために部署間の協力が簡単でない」という問題も起こりにくくなります。

しかしいったんこの目標が達成されてしまうと、次に何をやるべきかが見えなくなります。そしてそのときにMicrosoftの企業文化が邪魔をし始めるのです。

なお一番手でもしっかりイノベーションをしてきたのはAppleですが、これもまた企業文化に起因しています。Appleは収益を優先しませんし、社内構造が製品グループごとに分かれていないことが特殊だといわれています。ただしこの構造はもちろん弱点もあり、たくさんの製品を同時に開発できない点や、マーケットシェアを最大化する戦略がとりにくい点などが挙げられます。

Microsoftはこのままの方が良い

今のMicrosoftに必要なのは企業風土を変えることではなく、企業風土を最大限に活かすことです。

例えば1995年にBill Gatesが書いた“The Internet Tidal Wave”のようなものです。一番手の戦略としてではなく、二番手の戦略としてどうやって先行企業に追いついて行くか。どうやって真似していくか。そして苦手なイノベーションのスタイルをやめて、どうやってMicrosoftが得意な「真似て、追い越す」に全力集中するか。

特に後半の“Next Steps”を読むと、Bill Gatesは具体的な競合製品を挙げて、どのようにそれを代替する製品を開発するべきかを述べています。どのように自社製品をインターネット中心に統合していくべきかを述べています。会社の各部署がどのような改良をしていけば良いのかのロードマップを示しています。どれも大きなビジョンに基づいて語っているのではなく、極めて具体的なチャンスや危機から導かれている判断です。

Microsoftが企業風土を変える必要はありません。企業風土を活かせば良いのです。そのためには苦手なスタイルのイノベーションをやめて、1995年の気持ちに戻れば良いのです。