オープンの方が高い理由

「オープンな規格にして、競争を促進した方が安くなるはずだ!」

多くの人がこのことを信じています。

でもこれはかなり間違っているのではないでしょうか。

確かにオープンで競争が激しかったものが「たまたま」安かったというケースはあります。しかしオープンであることと競争が激しいこと、そして価格が安いことは実際にはかなり独立した事柄であって、オープンであることの結果として競争が激しくなる訳でもなければ、オープンであることによって価格が安くなる訳でもありません。逆にクローズドであれば価格が高くなる訳でもなく、競争が阻害される訳でもありません。

タブレットはApple iPadが安い?

最近で言えばAndroidタブレットとして発表されたSamsung Galaxy Tabの例があります。まだ日本でのGalaxy Tabの価格は正式に発表されておらず、情報があるのはイギリスだけですが、iPadの方がSamsung Galaxy Tabより高くなってしまっているのです。

Samsungが使用しているAndroid OSはオープンソースであり、無償で使うことができます。Samsungは独自のOSを開発しなくてすんだのです。しかもiPadが発売されたのは一年近く前なので、後発として成功するためには積極的な価格戦略が重要です。しかもAppleはブランド力が強く、多少高くても製品が売れます。AppleのiPadはクローズドなシステムであり、競合他社からある程度遮蔽されています。その上Appleは利益幅を大切にしますので、無理な価格設定はしません。

以上を踏まえ、「オープンな方が安くなるはずだ」という考え方に立つと、どう考えてもSamsungの方が安くてしかるべきです。Android OSはオープン、それもパソコンにおけるマイクロソフトのWindowsよりもさらにオープンです。相変わらずクローズド戦略をとるAppleより当然安くならなければなりません。

でもそうなっていないのです。逆にApple iPadの方が安いのです。

どうして理屈通りにいかないのでしょうか。どうしてオープンなのに安くならないのでしょうか。

理由は簡単です。

理屈が間違っているのです。

価格はどうやって決まるの?

詳しいことを抜きにして、常識的な話だけをします。

価格を決める要因は大きく

  1. 競合価格
  2. 製造コスト要因
  3. 戦略的要因

です。

この中でも1.の競合価格は常に非常に意識されます。別名、市場価格です。末端顧客にとっては非常に分かりやすいのが競合価格ですので、価格設定のときはまず最初にこれを意識するのが一般的です。よほど明確な差別化ができていない限り、あるいは競合のブランド力が弱くない限り、競合価格を無視するということはあり得ません。逆に競合価格だけで価格設定をすることは珍しくありません。

製造コストはもちろん大きな要因です。しかし通常は「守り」的な意味を持ちます。価格は基本的には競合を元に考えるのですが、ここで設定した価格で本当に利益が出るかどうかを確認するときに製造コストを確認することになります。特に日本のように伝統的に製造現場が強く、マーケティングが弱い場合は、製造コストは最後に確認しがちです。

最近のちゃんとしている企業であれば、製造コストを元に最終的な価格を設定するのではなく、逆に最終的な価格を最初に決めて、そしてその価格で十分な利益が出るように製造方法を組みます。つまり製造コストが価格を決定するのではなく、価格と製造コストが先に決まっていて、それから製造方法が決めます。AppleがiPadの開発を行ったときはこの方法をとったと語っていました。

戦略的価格というのは、「今は仕方ないから赤字でも我慢しよう」という状態の別名です。顧客を囲い込んで、後で別の方法で利益を改修できる見込みがあるときにとられる価格戦略です。携帯電話の本体を安く売って、後で通信費でその分を回収する場合等にとる価格設定戦略です。

さてGalaxy Tabの場合は1.の競合価格を強く意識したはずです。しかし2.の製造コストが十分に下げられず、泣く泣くiPadよりも高い価格にせざるを得なかったと推測されます。Galaxy Tabは後発であり、Apple iPadとは大して差別化できていないので、これ以外は考えられません。

もちろん戦略的価格戦略も考えられます。しかしAndroidは完全にオープンなので、顧客の囲い込みは困難です。ですからSamsungはこの戦略をとることはできませんでした。

どうしてSamsungは製造コストを下げられないのか

これもかなり単純だと予想しています。Appleの方がスケールが断然大きいのです。

iPadのOSはiPhone, iPod Touchと同じiOSで、CPUなどの部品も共通です。Apple
が出荷するであろうiPad + iPhone + iPod Touchの台数と、Samsungが今後出荷するであろうAndroid携帯 + Androidタブレットの数はどれぐらい違うでしょうか。想像するだけでも数倍は違うはずです。一桁違うかもしれません。(iPod Touchの販売台数はiPhoneと同レベルです。iPhone対Androidのシェアは情報源によってはかなり競っているというものもありますが、僕はNielsenのデータに信頼を置いています。もちろんAndroid携帯は複数メーカーから販売していますので、各メーカーのシェアはAndroid全体のシェアの数分の一です。)

これだけスケールが違うと、部品の調達力に大きな違いがあります。自然と大きな値引きが引き出せます。数年前の話ですが、SamsungがAppleにiPod用のflashメモリを50%程度値引きしているということで、競合のiRiverが抗議したということもありました。iPadについても同程度に調達コストを抑えられている可能性があります。

Androidのようなオープンな規格だと、どうしても市場が分断されます。独自のOSを開発するという参入障壁がないことにより、多数のメーカーが参入します。その結果として、各メーカーの取り分が小さくなり、部品を調達する際の交渉力が弱くなってしまいます。これはオープンであることによって却って価格が高くなってしまう例です。

他にも原因はたくさんあると思います。今回はこの一例だけ紹介しますが、オープンの方が価格は高くなり、一般の常識に反してクローズドの方が価格を下げやすいこともあるのを理解していただければと思います。

オープンによって価格が下がるのはどういうとき?

オープンにすることによって価格が下がる例はもちろんあります。パソコン等が良い例です。でもこうなるためには条件があります。

それはクローズド戦略をとっていた企業が、その立場にあぐらをかいて顧客から利益を搾り取っている場合です。先に書いた例でも紹介したように、クローズド戦略をとりつつ大きなマーケットシェアを獲得した企業は、本来は有利な価格戦略を展開しやすいはずです。低価格戦略に打って出る余裕はあるはずです。しかしマーケットシェアが大きくなると、ほとんどの経営者は顧客を搾取することを始めます。価格を下げる努力を忘れ、新技術の開発の手を緩め、取れるだけ利益をとろうとするのです。ほとんどの経営者は短気目標を重視し、長期目標を軽んじる傾向があるので、これはある意味合理的な判断ではあります。通常の方法で株主利益を最大化するのであれば、このやり方が正解です。マーケティングではこのような戦略をしばしば「milking」と言います。

これに対してオープンな市場であれば、企業は顧客を搾取することができません。価格競争が起きますので、各企業はがんばって価格を下げます。だからオープンな市場は価格が安くなるのです。

さてAppleがとっている戦略は、クローズド戦略でありながら、そして巨大なマーケットシェアをとりながらも、決して顧客を搾取しない戦略です。膨大な利益が出ても価格を下げる努力を続け、そして新しいイノベーションを忘れていません。利益を最大化することを考えるのではなく、どうやったらより多くのイノベーションを起こし、より多くの人の人生に好影響を与えられるか。Appleは株主利益ではなく、Steve Jobsの妄想によって駆り立てられている会社です。こういう会社のクローズド戦略に勝つのは簡単ではありません。

確かにマッキントッシュはウィンドウズに負けましたが、あれはクローズドvsオープンの戦いではなかったのです。最大限に顧客を搾取するため、昔のマッキントッシュはべらぼうに高価でしたし、そして新しいOSの開発がうまく出来ない等、イノベーションも起こせませんでした。いくら昔とはいえ、パソコン一台で167万円って信じられますか?。Jobsを追い出した後のAppleの経営者はそういう販売戦略をとったのです。単なるクローズド戦略ではなく、顧客を搾取するクローズド戦略をとったのです。そういうのはオープン戦略に簡単に負けます。