バイオの買物.comの役割再考〜上田泰己さんのプロの仕事の流儀 NHK を見て

録画してあった上田泰己さんの「プロフェッショナル:仕事の流儀」を先ほど見ました。とても面白かったです。いつも場違いの「脳では〜」コメントを連発する、僕の恥ずかしい高校の先輩、茂木さんも、真の研究者の前では黙ってしまうのだなというのも面白かったのですが、それよりも何よりも、データを前に考え込み、頭の中で理論を構築している上田さんの姿が良かったです。

実際の研究現場で実験を繰り返している人にとって、データの解釈を真剣にゼロから考えるなんてまさにあこがれではないでしょうか。みんな研究者を志したのは、雑然としたデータの山の中から宝石を見つけ出し、そして生命の新しい理論を導きたい、あるいは疾患の治療法を見いだしたいからではないでしょうか。そういう意味で上田さんの志は確かにとても格好いいのですが、現場の研究者全員に共通しているものでもあると思います。

僕はもう不惑を過ぎて研究の現場から離れているのですが、どうして自分も上田さんのようになれなかったのだろうって常々考えています。どうしてデータを出して、その解釈を考え、理論を構築し、新しい実験に取りかかるという当たり前のサイクルを繰り返し、そしてわくわくいっぱいの研究生活が過ごせなかったのだろうか。もちろん上田さんのように飛び抜けた頭脳がある訳でもないし、若い頃から自分で飛び出していく勇気もありませんでした。だから彼ほどになれなかったのは当たり前です。でも真実に迫っていくという体験、研究の醍醐味を味わうことは、上田さんほどの人物じゃなくてもできたはずです。自分にはそれができなかったのはとても残念に思っています。

恐らく僕だけではなく、大学などの研究室で実験を繰り返している多くの人も、自分たちが一歩一歩真実に迫っているという実感なしに日々を過ごしているのではないでしょうか。それよりも重箱の隅を突っつくような論文を出そうとか、とりあえず実験のプラットフォームを作ろう(ノックアウトマウス作りとかタンパク質発現とか結晶作りとか)とかに心がほとんど奪われてしまっているのではないでしょうか。

ちょっと大げさではあるのですが、バイオの買物.comは、より多くの人が上田さんのような魅力的な研究生活を送れる手助けをしたいと思っています。

科学が大きく発展するためには、研究者がデータ解釈と理論構築、そして新しい実験計画に時間を割かないといけません。遺伝子を切り貼りしたり、大腸菌を振ったり、カラムにバッファーを通したり、結晶化用のバッファーを作ったりする時間はもちろん大切ではあるのですが、短くできるものならばどんどん短縮したいものです。必要な作業ではあるのですが、でもそこにかけた時間と最終的な理論のできばえは比例しないのです。それに対してデータの解釈と仮説構築、読んだ論文の数、緻密に組んだ実験計画は最終的な理論のできばえに比例します。

ビジネスなどを勉強してもそういう概念に出会います。どこで読んだかもう忘れてしまいましたが、顧客満足のために絶対に必要なコストと、満足度に影響しないコストを明確に分ける考え方があります。前者の例としては例えば製品の使い勝手の向上につながるもの、後者は上司に提出する報告者など。研究生活の中でも、全くやらなくて良いもの、どこかのメーカーから買えばすむもの、外注すればすむもの、より詳しい人にお願いできるものなどなどいろいろあるはずです。この部分がコスト削減対象です。それ以外の絶対的に必要なコストはむしろ増やさなければいけないのです。

僕がテレビに映し出された上田さんの姿を見て格好いいと思ったのはデータの解釈と仮説構築に時間をかけられているから、そしてそのために時間を惜しんでいないからでした。逆に遺伝子の切り貼りとか大腸菌を振ったりとか、そういうことばかりに時間を費やしてしまった自分の研究者生活を残念に思う訳です。

もしメーカーと研究者をうまくつなぐことができて、そして退屈な実験の時間を減らし、研究者が理論構築に費やす時間を増やすことができればどんなに素晴らしいことか。これがバイオの買物.comの原点です。

バイオの買物.comを作るためにプログラミングをしていると、ソフトウェアでは部分的にこの世界ができているのを実感します。オープンソースと呼ばれるソフトウェアは、それが全く無料であるのはもちろんのこと、中身まですべて公開されています。そしてオープンソースソフトウェアは非常に数が多く、高度に発達しているおかげで、自分の作業を大幅に軽減してくれるソフトがたいていはどこかにあります。またプログラミングしているときにちょっとわからないことがあれば、Google検索でだいたい分かります。多くのプログラマーがブログで自分のトラブルシューティング体験を公開しているからです。

仮説構築とデータ解釈、理論構築と実験計画を繰り返す醍醐味は10年の研究生活ではあまり味わえませんでしたが、数年の短いプログラミング人生の方がむしろ多く味わえています。自分の適正の問題だけではないと思います。むしろオープンソースソフトウェアとGoogleのおかげで、つまらない時間を割かなくて済んでいるからだと思います。

結論として言いたいことはこれ

上田さんはめちゃくちゃ格好いいけど、本来なら研究を志したすべての人間がああなりたいはずです。

どうやったら一人でも多くの研究者が上田さんのようになれるか、そのためにはどのようなプラットフォームが必要か、どのようなサービスが提供されなければいけないか、そしてどのような心がけを一人一人の研究者は持つべきか、それを真剣に考えなければいけません。憧れているだけじゃダメです。

そして、その答えのヒントはオープンソースソフトウェアの盛り上がりにあると僕は信じています。