ベンチャーキャピタルが秘密保持契約(Non Disclosure Agreement)を結びたがらない理由

ベンチャー企業はベンチャーキャピタルから資金を集めるためには、当然ながらその企業のビジネスプランを見せる必要があります。そのベンチャーのビジネスプランを開示するわけですから、秘密保持契約Non Disclosure Agreement)をベンチャーキャピタルと結ぶのが一般的かと考える人が多いと思います。しかし実際には、アメリカのベンチャー投資家の大部分は、秘密保持契約の締結を拒否するそうです。

この点について、ベンチャー投資側の人が多数のブログを書いていますので、かいつまんで紹介します。

“The Fallacy Of the Non-Disclosure Agreement”「NDAの誤った認識」

エンジェル投資家 Dharmesh Shahのブログからです。

この記事では、NDAで保護する可能性のある情報を

  1. アイデア、市場におけるチャンスなど、何をしようとしているかに関するもの
  2. それをどのように実現するかに関するもの

に分けています。

Dharmeshは、1の部類のものは、そもそも機密扱いにするべきではないとしています。多くのベンチャー企業は、自分たちが市場で最初もしくは唯一の企業になれると考えています。しかしこれはたいてい間違いです。競合となりうる人を含めて、他人と議論することによって、自分と同じ考えを持っている会社の情報が入手できます。起業家が恐れるのは、アイデアを開示することによって、そのアイデアの素晴らしさが認識され、多くの人が同時にそれを追求するということですが、これは実際には非常に稀です。ですから、1の部類の情報は隠すのでなく、オープンに議論するべきです。

Dharmeshは、2の部類のもので本当に隠すべきものは、投資家とよほど議論が進んでいない限り、NDAがあろうが無かろうが隠し続けるべきだとしています。多くの場合、NDAはあっても無くても結果は同じです。ベンチャー企業の場合は、NDA違反で訴訟を起こす余裕は無いからです。

Dharmeshは最後にNDAをお願いすることのコストについて言及しています。経験豊富な投資家やパートナーは、交渉の早期にはNDAを結ばないことをポリシーとしていることが多いです。ですからNDAを要求することは、自分のことを未熟者と言っているようなものなのです。

“The cult of the NDA”「NDA崇拝」

ベンチャー企業を経営している人のブログです。投資銀行で調査を担当し、ベンチャー資金の提供をしていた経験も持っている人です。
かなり詳しく解説しています。

1990年代に投資銀行で調査を担当していたとき、ベンチャー企業を何百と訪問し、いくつかに投資しました。

これらのベンチャー企業はいずれも、自分は独自のアイデアを持っていると考えていました。それは技術であったり、製造方法であったり、ビジネスモデルであったり。みんなNDAが普通だと思っていました。

しかし、どのアイデアも独自ではありませんでした。少なくともNDAを結ぶほどの独自性はありませんでした。ほとんど同じコンセプトを持ちつつ、お互いの存在に気付いていない会社が6つあったというケースもありました。

優れたベンチャー投資家はこのことを既に知っています。そのため、ビジネスプランを見る前にNDAを結ぶことを拒否するケースが多いのです。一方でこれを理解している企業家は少ないです。そして、誰かに盗まれないように自分のアイデアは守ることばかり考えてしまうのです。

NDA崇拝が起こる理由

ベンチャー企業の正否が、あたかも新しいアイデアの独創性によって決まるかのように言われてしまっています。残念ながら、現実はこの正反対です。NDAが必要だと思うようになってしまうのは、下記のような論理展開です。

  1. ベンチャー企業の成功には独創的な新しい製品もしくはアイデアが必要だ
  2. 新しい製品やアイデアを最初に世に出した会社が、唯一のそして持続可能なアドバンテージを得る
  3. 私は新しい製品もしくはサービスのための独創的なアイデアを持っている
  4. 私の独創的なアイデアが他人に知られると、彼らが先にそれを商品化して、アドバンテージを私から奪い去ってしまうかもしれない
  5. そこで私のアイデアを機密扱いにすることによって、自分のアドバンテージを維持できる

これらの五つのポイントはほとんどのケースですべて間違っています。

1) ベンチャー企業の成功には独創的な新しい製品もしくはアイデアが必要だ
ほとんどの製品やサービスは簡単に真似ることができるので、これが当てはまらないケースが大部分です。極めて珍しいスキルや発明が必須となる製品やサービスの場合はアイデアがキーとなることがありますが、こういうケースは稀です。

真に独創的な製品やアイデアであれば、市場は最初から作り出さなければいけません。これは既存の市場に参入し、既存の企業からシェアを奪い去るよりも難しいことです。

2) 新しい製品やアイデアを最初に世に出した会社が、唯一のそして持続可能なアドバンテージを得る

過去に成功した多くの企業は、市場に最初に参入した企業ではありません。先駆者の失敗から学ぶことで成功した企業が多いのです。

例えばMicrosoftは最初のソフトウェア会社でもなければ、最初のOSベンダーでも最初のオフィスソフトベンダーでもありませんでした。
IBMは最初のコンピューターメーカーではありませんでした。
Ciscoはルーター、スイッチ、ファイヤーウオールを発明していません。
Googleは最初の検索エンジンではありませんでした。
“Yahoo”の最初の2文字は、もとは”Yet Another”「もう一つの」の略でした。

3) 私の独創的なアイデアが他人に知られると、彼らが先にそれを商品化して、アドバンテージを私から奪い去ってしまうかもしれない

これはたぶん間違いです。私の経験では、独自のアイデアは稀で、同じアイデアに同時に挑戦しているベンチャー企業が複数あることが多いです。どのみち、製品やサービスをプロモーションするには市場に説明する必要があります。プロモーションを始めたとたん、アイデアは公開されるので、誰でも真似たり改良したりできます。

4) 私の独創的なアイデアが他人に知られると、彼らが先にそれを商品化して、アドバンテージを私から奪い去ってしまうかもしれない

仮に本当にアドバンテージがあったとしてもそうはならないでしょう。

残念ながら、あなたの一挙手一投足を見て、すぐに真似ようとしている人はまずいません。

むしろベンチャー企業が市場である程度成功するまでは、既存の企業はあまり気にしないものです。ベンチャー企業の90%は市場にインパクトを与えずに失敗するわけですから、既存の企業がすべての小企業をやっつけるのは無駄です。

5) 私のアイデアを機密扱いにすることによって、自分のアドバンテージを維持できる

非常に稀なケースを除いて、これは単純に間違っています。アドバンテージなんてそもそも無いのです。

ベンチャー企業が成功する本当の理由
ベンチャーが成功するのは、新しいアイデアとか市場に最初に参入することではありません。成功するのは以下の理由です。

  • 単純な運:これが一番大きな成功要因です。開発当初は気付かなくても、製品と市場とタイミングがぴったり一致すること。破産する2日前に入った巨大な注文。巨大な顧客をたまたま知っている人脈。そんなことです。
  • 実行:細かいことに注意すること。経費の節約。すべての顧客を満足させること。約束以上の成果を出すこと。
  • フォーカスを維持すること:顧客を獲得して利益を出すことが目的であることを忘れては行けません。内部の政治に邪魔されないように。そして失敗してもモチベーションが下がらないように。状況が悪いときに会社をまとめるには強いリーダーシップが必要ですが、これをやらないといけないのです。

なお、このブログ記事のコメントの中で、著者はベンチャー投資家がNDAを結ばない理由を具体的に示しています。

  • ベンチャー投資家がNDAを結ばないのは法的なリスクが生じるから、そして裁判において、秘密を漏らさなかったことを証明するのが難しいからです。
  • 例えばWeb 2.0とIPフォンに興味があるベンチャー投資家がいたとします。投資先を探して、4つのベンチャー企業を見つけました。これらの4つの企業はほとんど同じWeb 2.0対応IPフォンを開発しています。ベンチャー投資家がこの4つの会社とすべてNDAを結びました。そして1つの会社にだけ投資しました。そのときNDAを忠実に守り、他の3つの会社の情報はもらしませんでした。
  • これらのベンチャー企業が互いに情報を公開し、お互いの存在を確認したとき、このうちの1つはベンチャー投資家が情報を漏洩したと嫌疑をかけました。そしてベンチャー投資家をNDA違反で訴えました。
  • 裁判ではベンチャー投資家は弁護が困難です。「正しい」ことを実行し、資料をすべて破棄していればなおさらです。NDAは広く解釈できる書き方になっていることが多く、またベンチャー投資家にはNDA違反をする十分な能力と動機があります。
  • 神経質な起業家はしょっちゅうベンチャー投資家を訴えています。ですからベンチャー投資家はNDAを結ばないのです。

他にも類似の記事のリンクを以下に並べました。

まとめ

ベンチャー投資側の立場のブログをいくつか紹介し、ベンチャー投資家がNDAを結ばない理由を解説しました。

  • そもそもNDAなんて価値が無い
  • NDA違反で訴えられると大変

まとめると、これに凝縮されると思います。

ベンチャー投資家じゃなくても、NDAに百害あって一利無しというケースはしばしばあります。

アメリカのクロンテックの研究所にいた友人が、NDAに似たMTA (Material Transfer Agreement)で、やはり言いがかり的なことで訴えられてしまっていました。

NDA, MTAなどの契約を結ぶときはくれぐれも慎重にすること、そしてむやみに結ばないこと。私はその重要性をこのときに認識したわけです。