企業の成果主義

議場の成果主義について、主にそれが”ひどい状況”にあることを紹介した記事がNBOnlineに複数紹介されていました。

実にいろいろな視点から成果主義の問題点が取り上げられていて、逆に何が問題なのかがわからなくなってしまっている感じがします。たくさんの記事はありますが、「それでいったいどうすればいいの」が全く見えない企画になってしまったようです。
「人はどうやって人を評価するべきか」。これが如何に大きな問題かがうかがえます。

さて、僕自身は成果主義を実施している企業を2社経験していて、管理職という立場で人を評価する側にもいましたが、いずれも”ひどい状況”であったことは確かでした。ですから、上述に書かれている記事が云わんとしていることはだいたいわかります。

ただそこで何が問題だったかをいきなり話してしまうと、上の記事のように多くのバラバラな意見に単に一つ別の意見を追加するだけになってしまうので、やり方を変えます。

そこで僕は、実際に成果主義の問題が起こるメカニズムを、自分が見た通りにミクロに追跡したいと思います。

ビジョンが形成されないメカニズム

僕が経験した会社はビジョンとか企業理念がしっかりしていませんでした。ビジネスに関する書籍では繰り返しビジョンの重要性が主張されているにもかかわらず、会社の経営者はそれを実感できていないようです。その結果、ビジョンは非常に曖昧なものになってしまっています。

しかし、成果主義にはビジョンが重要です。成果主義的に人を評価するシステムは、会社のビジョンや目標に対して、個々の社員がどれだけの貢献をしたかを見ます。ですから会社のビジョンが無いと、貢献する対象が無くなってしまい、評価ができなくなってしまうのです。ですから僕が経験した人事評価システムの中には、必ず会社のビジョンや目標が記載されている欄がありました。

問題はそのビジョンとか目標が作成されるプロセスです。このプロセスは実にみっともないものでした。

会社の経営陣はビジョンの重要性を十分に認識していないため、ビジョンや目標の作成は後回し後回しにしてしまいます。そして人事評価目標の提出の直前に慌ててビジョンを作成していました。当然、関係者と対話を繰り返し、お互いが納得できる目標が出てくるはずはありません。しかも自分自身も日頃からビジョンについて考えていないので、単なる思いつきでビジョンが出来上がってしまいます。

僕自身が経験した最悪のシチュエーションは、前日の社長の話を聞いて変な刺激を受けて、「すべての社員が営業だ。私も営業だ。」というのを20時間後に事業部のビジョンにしてしまった事業部長でした。そこまで狂っている人は稀としても、ビジョンや目標がこの程度にしか重視されていないのは一般的でした。

当然ながらビジョンは突然、ほとんど一人で決まってしまいますので、そのビジョンをどのように実現するかは全く共有されないで決定されてしまいます。つまりビジョンは机上の空論でしかないのに、人事評価の目標設定に取り込まれてしまう訳です。

単なる数値目標でしか評価されなくなるメカニズム

ビジョンというのは、判断と行動の規範です。それに対して金銭的な数値目標は、その行動を実践に移したことによって生まれた結果です。

上述のようにビジョンがしっかり決定されないと、判断と行動の方向性が生まれません。そのため、成果目標に行動やプロセスを盛り込むことができなくなってしまいます。ビジョンが無いので、何をやるべきで何をやるべきでないかが定まりません。つまり、ビジョンが確立されないことによって、プロセス重視の成果目標を立てることが不可能になる訳です。

プロセス目標が立てられないので、仕方が無いから数値目標、それも売上とか利益の数値だけが立てられます。最悪のシナリオです。しかも数値目標をどのようにして実現するかが明確にされていないので、この数値目標はエイヤーと決まったものにならざるを得ません。

もう一つ数値目標重視に傾くメカニズムとしては、現場をあまりにも知らない経営陣があります。このような経営陣の場合、プロセスを全く理解できないのです。彼らが理解できるのは売り上げがどうなったか、利益がどうなったかだけなので、自然と単なる数値目標を重視してしまいます。

数値目標といっても、その目標の適切さがわからない

上述のようにビジョンが無く、目標を実現するプロセスも明確にできない状況では数値目標に頼らざるを得ませんが、こうなってしまうと頼りの数値目標だっていい加減なものになってしまいます。

何が普通の努力で実現可能で、ちょっと背伸びするとどこまでできるかがわからないのです。プロセスが見えていないから。

そこで数値目標は自然と、対前年比何パーセントアップというのはおおよそ一律に設定するにとどまります。もしくは外資系などの場合は、本社から降ってきた数字をテキトウに配分して、つじつま合わせをします。そのテキトウというのは非常に不透明なので、とてもまずいです。

このいい加減な数値目標が設定される環境というのは、ものすごくモチベーションを下げます。お互いが平等な環境の中で実力をしのぎ合って、結果としてそれぞれに差がついてくることについては、ほとんどの人は納得するものです。しかしえこひいきだとか、政治的な巧妙さとか、そういうことで目標が低くしてもらったのではないかとお互いに疑い始めたらモチベーションは地に落ちます。

いい加減な数値目標が設定され続けると、最悪の事態を招きます。

そしてもう一周

モチベーションが下がっているのを見ると、「成果主義」の幻想に取り付かれている経営者は、給与のうちの成果報酬分を増やそうとします。結果責任をもっと強く追求すれば、みんなもっと必死になってくれるのではないかという期待です。そしてこれに加えて、いろいろなコンテストをやりだして、モノで部下を引きつけようとします。このときももちろんいい加減な数値目標を基準にしたコンテストにします。

もちろんやればやるほどモチベーションが下がります。でも「成果主義」の幻想から覚めないと、経営者はこれを何回でもやってしまうのです。

最後に

これが僕が自分で見た、成果主義が最悪の事態を招く過程とメカニズムです。

成果主義が悪いのではありません。でも成果主義をやる以上、経営者はなあなあな時とは比べ物にならないほどにビジョンと目標をしっかり立てて、透明性のある評価を心がけないといけません。

残念ながら、多くの経営者はその資質を持っていません。経営者にしてはいけない人間を経営者にしてしまっていること。これが日本の成果主義が機能しない理由だと、僕は思います。