エコノミストに許される議論の甘さ

経済学って本当に緩い学問だとつくづく感じます。

ものすごく甘い議論でも平気で許されてしまうし、少しも悪びれた様子がありません。

あくまでも一例ですが、第一生命経済研究所の主席エコノミスト、永濱利廣氏の『「異次元の金融緩和」で景気と生活はどうなる』という記事を見かけましたので、それを例に見ていきます。

「株価と企業の売上高が密接に連動しており、株価が上がってから概ね1四半期遅れて企業の売上高が伸びる傾向を見て取ることができる」

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永濱氏は「株価が上がってから概ね1四半期遅れて企業の売上高が伸びる傾向を見て取ることができる」としています。彼はいったいグラフのどこを見ているのでしょうか?

「景気が回復し企業の売上が増えてから所定内給与が増えるまでには3年かかった」

永濱氏は他にも謎の結論を出していますが、この最後のグラフと考察はもう希望的観測を越え、宗教の領域。心の目で何かを見ようとしている状態です。

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たぶん2005年のはじめにちょろっと給料が上がった時期を見て「企業の売上が増えてから所定内給与が増えるまでには3年かかった」といっているのでしょう。このグラフを見てもその因果関係は全く見えません。なおかつその1回の現象だけを根拠に、今回も3年かかるというのは乱暴な議論を通り越して、もはや根拠がない領域。

まぁ永濱氏が悪いというよりは、このレベルの子供だましが許されてしまうのが経済メディアの現状で、こいつらに経済を任せて良いのかと思うわけです。

もちろん経済学者がみんなこんな子供だましの議論をしているわけではなく、ちゃんと議論している人もいます。ちゃんとした相関を見て議論している人たちです。

永濱氏は株価が上がれば企業収益が改善し、企業収益改善から雇用改善・給料改善が起こるとしています。ただしいずれのステップも相関はかなり怪しいのですが。

それに対してSteve Keen氏はちゃんとした相関を元に考察しています

特に近年では株価と因果関係があるのはGDPではなく、企業業績でもなく、借金のレベルです。株価はレバレッジがどれだけ使われているかと一番相関があります。

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一つ重要なポイントがあります。Steve Keen氏のようにまっとうな分析をする人は半世紀さかのぼってデータを集め、分析をします。そうやってデータ点を増やします。それに対して永濱氏をはじめとした多くのエコノミストはたかだか数十年のデータで議論をします。永濱氏はこの点特にひどく、ここ10年のデータでごまかそうとしています。

エコノミストの多くは基本ができていないように感じます。

27種類のスクリーンサイズを提供するSamsung、4種類を提供するApple

NewImageSamsungが提供するAndroidデバイスは実に27種類のスクリーンサイズをカバーしています。これを紹介したDerek Kessler氏のTweetがTwitterで盛んにRTされました。

これに対してAppleのiOSは3.5, 4, 7.9, 9.7インチの4つのスクリーンサイズしかありません。

どっちの戦略が正しいのか、様々な議論があると思います。しかし忘れてはならないのは、Appleも昔は目もくらむほどの多数ので製品を販売していたことです。

Everymac.comには過去に販売されたMacの情報がすべてアーカイブされています。Steve Jobs氏が復帰する前の1996-7年頃には、デスクトップだけでも以下の製品ラインがありました。

  • Macintosh Performa 5260, 5270, 5280, 5400, 5410, 5420, 5430, 5440, 6410, 6400, 6420
  • Power Macintosh 4400, 5260, 5400, 5500, 6300, 6400, 6500, 7200, 7220, 7300, 7600, 8500, 8600, 9500, 9600

それをバサッと整理して、有名な4製品グリッドに絞ったのです。

近年のマーケティング戦略に関する本を読むと、顧客の趣向が多様化し、多品種少量製品が重要になってきているという主張が多いのではないかと思います。1990年代のApple社は、当時の競合他社と同じようにこの戦略を採っていました。Samsungの現在の戦略もこれを継承しているように思います。

NewImageSteve Jobs氏の戦略はこの真逆でした。思いっきり製品を絞り込んで、少数の製品にフォーカスしました。しかも興味深いことに、一般的なマーケティングでは真っ先に登場する「予算」という切り口は使わず、プロフェッショナルとして使用するのか、およびノート型かデスクトップ型かの2つの切り口しか使いませんでした。

Appleが成功し続けるためにはより大きな画面をもったiPhoneが必要だとか、低価格のiPhoneを作らないと新興国市場で勝てないという外野の意見はますます大きくなっています。しかしAppleの幹部の多くはSteve Jobs氏が4製品グリッドを導入した時期も経験しています。製品が多すぎてフォーカスを失い、死にかけたApple、そして製品ラインを4つに絞り込んで復活を遂げたAppleを知っています。

Appleは別に宗教のように少数の製品にフォーカスをしているのではありません。それほど遠くない昔には多品種少量生産をし、そして臨死体験をしたのです。Appleは実体験に基づいて、少量多品種の危険性を知っています。そう、たぶんSamsung自身よりも。

Gmailの9年を振り返って、Google型のイノベーションの特徴を考える

Gmail Infographic GMailが9周年を迎えたということで、その軌跡を振り返ったポストがありました。

Gmail: 9 years and counting

以前に私はこのブログで「AppleとGoogle, Amazonのイノベーションのおさらい」と題した記事を書きました。その中で最初のGoogle検索を除けば、以後のGoogleのイノベーションは『「十分」なものを無償化するというイノベーション』ばかりであると述べています。

つまりアイデアは古いものを使い、新しさは無料だということ。ほとんどそれだけ。

ここでは本当にそうなのかどうかをInfographicを眺めて検証します。ざっと見たところ、GMailの進化は以下のポイントに要約されます;

  1. 「無料のものとしては…」という改善。
  2. カレンダー、チャット、ビデオチャットなど、他のサービスのバンドリング。
  3. 「Webベースとしては…」という改善。デスクトップアプリケーションでは当たり前の機能をWebで実現する改善です。

技術的には難しいものはもちろんありますし、ビジネスモデル的には新しい面があります。しかしアイデア的にはこれといったものがありません。

「有償なもの」「他の既存のサービス」「デスクトップアプリで実現されている機能」との単純な比較からインスピレーションが得られるものばかりです。

以前におさらいしたとおり、GMailもまた『「十分」なものを無償化するというイノベーション』でした。こういうイノベーションは世の中にとってはあまりありがたくないんですよね。Clayton Christensen氏の言葉で言うと、これらは効率化イノベーション (Efficiency innovations)。経済を縮小させるイノベーションです。

Facebook Homeが流行るかどうかを考えてみる

Facebook Homeが発表されました。

見た感じ、特にデザイン的な完成度が非常に高そうで、興味をそそられます。

ただしネットを見ていると大部分の技術評論家たちは懐疑的な意見を述べていて、その主たる根拠は「俺の生活はFacebookだけじゃない」のようです。まぁ技術評論家の生活スタイルおよびFacebookの使い方は一般人とは全然違いますので、彼らの意見が正しいと考える理由はこれっぽっちも無いとも言えます。

このような製品が成功するかどうかを予想する上で大切なのは、マーケティングの4Pで言うところのProduct(製品)ではなく、おそらくPlace(流通)とかPromotion(プロモーション)だろうと思います。なぜかというとFacebookは非常にユーザ数が多いので、流通やプロモーションの切り札がたくさんあるからです。

例えばこの記事にも書いてあるとおり、FacebookやFacebook Messengerがインストールされていれば、Homeの通知がきます。ほとんど製品アップデートのような感じで通知が来ますので、大部分のユーザがアップデートと誤解してインストールするのではないかと私は予想しています。

非常に普及が早いアップデートの例

アップデート通知の威力、浸透力の強さはiOSで証明されています。例えばiOS 6.1の浸透度を調べたChitikaの調査によれば、iOS6.1は公開からわずか2週間で50%のデバイスにインストールされました。アップデートの通知が目立つように表示され、そこから数タップでアップデートが完了してしまうという手軽さは非常に効果的で、Place(流通)やPromotion(プロモーション)としては驚異的な威力を発揮することがわかります。

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製品の評判が良くても普及しない製品の例

それに比べて、製品がどれだけ技術評論家の間で評判が良くても、プロモーションの仕組みがしっかりしていなければ全くダメな例もあります。その好例がAndroid用のChromeブラウザです。

同じChitikaのデータで、Androidユーザの間でのChromeの普及率が著しく低いことを示しているデータがあります。

2012年9月のデータによると、Android OSユーザのわずか2.34%だけがChromeブラウザを使用していました。デフォルトのAndroidブラウザが91.26%でしたので、Androidブラウザ使用者の1/38しかChromeブラウザに切り替えていない計算になります。

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StatCounterのデータを使ってUSの直近2週間を調べても、Chromeブラウザの使用率はAndroidブラウザの使用率の1/13です(全モバイルブラウザのうち、Androidブラウザが36.78%、Chromeブラウザが2.93%)。またグラフは示しませんが、StatCounterで全世界のデータを取っても、やはりChromeブラウザの使用率はAndroidブラウザの1/14しかありません。

StatCounter mobile browser US weekly 201312 201313 bar

ChromeブラウザはAndroid 4.0以上じゃないとインストールできないというハンディがありますが、GoogleによるとAndroid 4.0以上の普及率は54.3%ということですので、上述の数字と合わせると、Android 4.0以上に限定してもChromeブラウザの普及率はAndroidブラウザのたった1/7という結果になります。

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どう見てもChromeブラウザの普及率は悲惨な状態です。

アップデートと新製品の違い

iOSのアップデートとChromeブラウザの普及率がこれほど開いた理由は製品の善し悪しではありません。少なくとも技術評論家の間の評判でいえば、Chromeブラウザは絶賛され、一方iOSのわずか0.1のバージョンアップは大して話題になりませんでした。

違いはアップデート、つまり「通知」が送られてくるものであるか、あるいは別の製品であるかにあります。

iOSの場合はアップデートです。インストールの精神的ハードルが低く、「通知」が来てからわずか数クリックでインストールが完了します。

それに対してChromeブラウザは別製品です。インストールの精神的ハードルはかなり高く(技術評論家にとってはインストールの敷居は低いのですが、一般人にとっては意外と高いものです)、手間もかかります。

アップデートか新製品かということで、雲泥の差があります。

Facebook Homeは新製品だけど、アップデートと同じプロモーションの仕方をしている

さてFacebook Homeに戻ると、これは明らかにアップデートのプロモーションスタイルです。もちろん大がかりな広告やプロモーションはするのでしょうが、一番威力を発揮するのは「通知」です。ほとんどの人はFacebook Homeを単なる製品アップデートだと思ってしまうでしょう。ですからあっという間にものすごい普及率になりそうです(ただインストール可能なスマートフォンの機種を絞っていますので、それは考慮しないといけません)。

Facebook Homeのできが良いか悪いかは、一端インストール後にどれだけのユーザがFacebook Homeを外すかに影響しますが、最初のインストール数にはあまり関係がないはずです。つまり技術評論家の意見は普及率とは無関係です。

Facebook Homeの破壊力

Facebook HomeはAndroidの乗っ取りです。Facebook HomeをインストールしてもGoogleのアプリは使えます。しかし主従関係は逆転します。Facebookが主でGoogleが従になります。

Facebook Homeのコンセプトは他社でも真似ができます。Twitterでも同じことができますし、Amazonだって似たことができるはずです。Android上の単なる1アプリとしての存在では無く、また1ウィジェットとしてでは無く、ランチャーを乗っ取ることができます。

Facebook Homeの破壊力は、他社でも簡単に真似られることです。Androidはウィジェットという仕組みを提供していますが、それでは不十分だというところは今後Facebook Homeのようなランチャーを出してくるでしょう。ランチャーの奪い合いというすさまじい戦いがAndroid上で繰り広げられる日が近いかも知れません。

まとめ

Facebook Homeが普及するかどうかはその製品コンセプトの善し悪し、あるいは技術的なできの善し悪しとはほとんど関係がありません。むしろ「アップデート」を装うというプロモーション戦略の方が圧倒的な影響力があり、Facebookアプリのインストール率が極めて高いことを考えると、Facebook Homeがかなり普及すると予想できます。

またランチャーを乗っ取るという戦略はFacebook以外の他社も真似られる戦略です。これに対してGoogleが何らかの制限をかけて、防御に回る可能性があります。そうしないとAndroidランチャーの陣取り合戦が始まるかも知れません。

最後に、Facebook Homeは「Googleばなれ」のトレンドを加速させます。いままではSamsungやHTCに代表される携帯メーカーの「Googleばなれ」が見られましたが、サービスプロバイダー側の「Googleばなれ」は新しいトレンドとなる可能性があります。2013年は「Googleばなれ」が顕著になるというのが私の予想ではありますが、想定以上の早さでこれが進んでいるという印象を強く受けます。

iPadに関する自分の予想を振り返る

iPad生誕3周年ということで、3年前に自分がどのような予想を立てたかを振り返ってみようと思います。

そもそもこのブログは自分の考え方がどれだけ確かなのか、自分はどれだけ世の中の流れを正確につかめているかをはっきりさせるために書き始めています。もし自分が世の中を正確に把握できているのであれば、それなりに高い確率で予言が的中するはずです。逆に予言が的中しないということは、世の中を理解できていないということです。そういう意味でもiPadの発売当初に自分が立てた予想を見返すのは重要です。

私が書いたのは以下のポストです;

  1. iPadを見て思った、垂直統合によるイノベーションのすごさとアップルの宿命
  2. iPadのこわさは、他のどの会社も真似できないものを作ったこと

その中で以下のような予想をしています。

普通に考えたら、iPadと対等な製品を開発するのに5年はかかるのではないでしょうか。そのときはもちろんiPadも進化しているはずです。

iPadのすごいのは、アイデアがすごいのではなく、アップル社以外に作れないのがすごいのです。

iPadがどれだけ売れるかはまだ分かりません。でもかなり売れる可能性もあります。売れるとしたら、その市場セグメントはしばらくアップルが何年間も独占します。iPhoneがスマートフォンを席巻しているよりもさらに激しく、そのセグメントを独占してしまうでしょう。そういう大きな構造変化を起こしてしまう危険性を、iPadは持っていると思います。

そしてその根拠としてアップル社の垂直統合のすごさをあげています。

アップル社の垂直統合というのは、CPUからハードの組み立てからOSからアプリケーションソフトからオンラインショップまでのすべてをアップル社が持っているということです。そしてiPadにおいてはこのすべてのアップル社製になっています。アプリケーションソフトは確かに3rdパーティーが作ったものが非常に多いのですが、その流通チャンネルをアップル社が完全に握っているという意味ではやはり垂直統合モデルの一部と考えても良いと思います。

3年前の言葉ですが、2013年の今の状況を正確に予測できたことがわかります。特に「iPadと対等な製品」というのを「iPadと同等の人気がある製品」と定義すれば、3年たった今も対等な製品は全く現れていないと言えます。

また多少なりともiPadの人気に食い込んでいるのがAmazon Kindle Fireですが、これが成功しているのはハードウェアとコンテンツ販売を統合しているからであって、これもまた垂直統合の一つです。つまり水平分業しているところはどこもiPad人気に食い込めず、唯一垂直統合を試みたところが一つ成功しているだけです。垂直統合に着眼したことの正しさの裏付けにも思えます。

それならこの先はどうなると予想されるのか

とりあえず3年前の予想が今のところ当たっていそうなので、私の着眼点が正しかった可能性が高いと言えます。ならば同じ着眼点でさらに先を予想してみることができます。

私は3年前に述べたことをもう少し引用します。

特に問題なのはワードプロセサーと表計算ソフト、プレゼンテーションソフトのいわゆるオフィス系ソフトです。いまのところWindowsの世界で使われているオフィス系ソフトはほとんどマイクロソフトオフィスだけです。Google Appsという選択肢はありますが、まだまだ一般化している状態ではありません。そしてフリーのOpen Officeなどもありますが、無料だという以外には魅力のない製品です。ですからiPadに十分に対抗できるような製品(iWorkが使えるという意味で)を作るには、やはりマイクロソフトオフィスを載せることが、少なくともここ数年のスパンで見たときには必要になります。

アップル社の垂直統合の中でも特に真似るのが難しいのは、OSとアプリケーションソフトの両方を作るノウハウだと述べました。3年前のブログではアプリケーションソフトとしてオフィスソフトウェアのことだけを述べましたが、これはiPhotoやiMovieなどのマルチメディア系のソフトについても当てはまります。

私の3年前の予想では、アプリケーションソフトを含めた垂直統合ができない限り、iPadに対抗できる製品は作れないとしています。そしてこれを実現できる可能性がある会社はMicrosoft社とGoogle社であるとしました。そこでMicrosoftとGoogleの現状を見てみます。

GoogleはAndroid OSをかなり改善してきました。もちろんiOSという明確なターゲットがあって、基本的にはそれを真似れば良いし、それを法律ギリギリのところでやってきましたので改善は難しいことではありませんでした。その一方でアプリケーションソフト、つまりAndroid用のGoogle Docs(Google Drive)というのはあまりパッとしません。未だにプレゼンテーションソフトが無いなど、今時のオフィス業務をカバーできる状況ではありません。

MicrosoftはWindows 8の販売が不調と報じられ、また新タブレットのSurfaceもあまり売れないと言われているなど、まだ戦う体勢が整っていません。Androidと異なり、Microsoftは単にiOSを真似るのではなく、新しいアプローチを試みました。そのためにタブレット用の新OSの開発だけで時間がかかり、ようやくスタートラインにたった状況です。

このように3年たった今でも、GoogleおよびMicrosoftは未だにアプリ−ケーションソフトを含めた垂直統合でiPadに対抗できる状況にありません。したがって3年前の予想の通り、まだまだiPadの独占は続くでしょう。

予想とずれた点

私は当初はiWorksなどのオフィスアプリケーションを中心に考えていましたが、実際のiPadの使用状況を考えるとその視点は狭かったようです。iPadで実際によく使われているのはオフィスアプリケーションばかりではアンク、むしろブラウザやメール、写真、Facebook、Twitterなどです。それでも結果として予想が当たったのはなぜでしょうか。

考えてみれば当たり前ですが、スマートフォンやタブレット、そしてPCを使っているとき、私たちが実際に接するのはOSそのものではなくアプリです。アプリの善し悪しがそのデバイスのエクスペリエンスの善し悪しを決めます。オフィスアプリケーションだけでなく、すべてのアプリがそうです。

OSの主な役割は、アプリ開発の土台を提供することです。MacWrite, MacPaint以来、25年間のアプリ開発の経験を持つアップルはその土台がどうあるべきかをよく知っています。自らがOSの開発と、その上で動作するアプリの開発の両方を行っているので、アプリ開発の優れた土台が作れます。そしてサードパーティーのアプリ開発を的確に支援できます。

新しいモバイルOSはいくつも誕生しています。PalmのWebOS、FirefoxのFirefox OS、SamsungらのTizen OSなどがそうです。しかしOSの役割を考えれば考えるほど、優れたOSが作るためには豊かなアプリ開発経験が不可欠に思えます。新しいOSを作っているところが一番欠けているのは、このアプリ開発経験かも知れません。

予想の修正

2010年時点で、私は「iPadと対等な製品を開発するのに5年はかかるのではないでしょうか」と述べました。これを修正します。2013年の現時点からさらに5年かかりそうだというのが新しい予想です。本当はもっともっと時間がかかりそうな気がしていますが、ITの世界で5年以上先を予想するのはさすがに難しいので、5年に留めます。

修正の理由は以下の通り;

  1. タブレット市場はアプリの優劣が重要。その点、GoogleもMicrosoftもまだまだ戦える状況にありません。
  2. 「メディアを消費するためのタブレット」という誤った方向にシフトしつつあるAndroidが、生産性アプリなどに再び目を向けるには時間がかかります。
  3. Androidのフラグメンテーション問題は複雑なアプリの開発に相当マイナスに働きそうです。
  4. Androidタブレットの価格破壊はイノベーションを阻害します。
  5. iPadの真の対抗馬はAndroidではなくWindows 8だと私は思っていますが、出足が思った以上に遅いです。
  6. Androidそのものの方向性が変化し、「iPadと対等な製品」の開発を支援できなくなるかも知れません。

iPadの初期のレビューから破壊的イノベーションを振り返る

2013年4月3日がiPadの発売日からちょうど3年間ということで、それを振り返る記事がネットにいくつか出ていました。

iPadの発売当初は、多くの技術評論家がこれを失敗作と呼び、そしてがっかりしていました。今となってはほとんどの人が忘れてしまっていますが。

こういうのを見て、「評論家は何もわかっていない」というのは簡単です。しかしそれではプログレスがありません。しかもClayton Christensen氏は破壊的イノベーションの条件の一つが専門家に見下されることだとも語っています。

Clayton Christensen氏が言うには、破壊的なイノベーションの特徴は以下の通りです。

  • いくつかの機能が不足していて、ハイエンドユーザのニーズを満たさない。
  • 価格が手ごろでローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 使いやすさが改善されていて、ローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 徐々に能力を増やしていき、ハイエンドユーザにも使われるようになる。

これに着目しながら、上記の記事からiPad発売当初の評論家の意見を引用してみます。

Why is the iPad a disappointment? Because it doesn’t allow us to do anything we couldn’t do before. Sure, it is a neat form factor, but it comes with significant trade-offs, too.

Things the iPad can’t do:

  1. No Camera, that’s right, you can’t take pics and e-mail them.
  2. No Web Cam, that’s right, no iChat or Skype Video chatting.
  3. No Flash, that’s right, you can’t watch NBC, CBS, ABC, FOX or HULU.
  4. No External Ports, such as Volume, Mic, DVI, USB, Firewire, SD card or HDMI
  5. No Multitasking, which means only one App can be running at a time. Think iPhone = Failure.
  6. No Software installs except Apps. Again think iPhone = Failure.
  7. No SMS, MMS or Phone.
  8. Only supports iTunes movies, music and Books, meaning Money, Money, Money for Apple.
  9. WAY, WAY, WAY over priced.
  10. They will Accessorize you to death if you want to do anything at all with it and you can bet these Accessories will cost $29.99 for each of them.
  11. No Full GPS*
  12. No Native Widescreen*
  13. No 1080P Playback*
  14. No File Management*

It was a bigger iPod Touch. I question whether those features would be enough to get people to buy new machines.

Not having a way to write on a pure slate device the size of piece of paper also seems pretty unnatural to me. One of the iPad demos shows a legal-pad background for note-taking, but then you have to use the on-screen keyboard.

It’s not going to revolutionize anything, it’s not going to replace netbooks, but it will find large and devoted audiences, particularly after the price drops and some features get added.

Any tablet computer, including Apple’s eagerly anticipated iPad, will face serious problems in generating big sales. Tablets look cool, but the reality is they don’t do anything new.

Fewer capabilities (than a netbook) but a similar size? Not a good start.

The tablet market has only succeeded as a niche market over the years and it was hoped Apple would dream up some new paradigm to change all that. From what I’ve seen and heard, this won’t be it.

9 Worst Things About The Apple Tablet:

  1. No Flash
  2. Its screen
  3. Its price
  4. Closed App Store
  5. Its name
  6. No multitasking
  7. No camera
  8. No USB
  9. AT&T deal

Ultimately, the iPad is a large iPod touch: a great device to draw your inspiration from, but perhaps not the seismic shift in technology that we were expecting.

でもiPadは馬鹿売れした

評論家の多数のネガティブな評価にかかわらず、iPadは爆発的に売れました。そこから読み取れるのは、以下のことです。

  1. 機能の多い少ないは、実際に売れるかどうかとは無関係
  2. 新しい機能があるかどうかも無関係
  3. ネットブックより機能が少ないのは全然問題ない
  4. 画期的な技術の変革を伴う必要も無い

つまり、大部分の技術評論家が常々着目している点というのは、製品が売れるか売れないか、破壊的イノベーションが起こるか否かにほとんど影響のない、かなりどうでも良い点なのです。少なくともiPadが馬鹿売れした事実を理解するためには、そう結論せざるを得ないのです。

ではいったい何が重要なのか。もちろん評論家に聞いても答えはわかりません。

アップルはなんと言っていたか。評論家が当てにならない以上、アップル自身の言葉しか頼りになりません。2010年のiPad発表から、Steve Jobs氏の言葉を引用します。

In order to create a new category of devices, these devices are going to have to be far better at doing some key tasks. They’re going to have to better at doing some really important things. Better than the laptop, better than the smartphone. Browsing the web, Email, enjoying and sharing photos, watching videos, enjoying your music collection, playing games, reading eBooks. If there’s going to be a third category of device, it’s going to have to better at these kinds of tasks than a laptop or a smartphone. Otherwise, it has no reason for being.
Now some people have thought, “well that’s a Netbook”. The problem is, Netbooks aren’t better at anything. …. They’re just cheap laptops. And we don’t think that they are a third category of device.

私が見るところのポイントは“some key tasks”。つまり一般人にとって重要な機能を選び取り、それ以外の機能はとりあえず無視。その重要な機能は既存製品よりも優れたものにする。そしてそれ以外の機能とはサヨナラする。

  1. 一般人が使わないけれども、技術評論家が好むような機能があるかどうかは気にしない。
  2. 新しい機能はなくても、既存のタスクがより多くの人に簡単にできるようになればそれで十分。
  3. 一般人が使う数少ない機能は、徹底的に良くする。

こうしてみると、iPadというのはClayton Christensen氏の理論そのままの破壊的イノベーションに見えます。評論家が発売当初は揶揄していたということもまたChristensen氏の理論通り。

Androidの方向転換予想:Andy Rubin氏の降格を受けて

アップデート
2013/4/14: 破壊的イノベーションとの関連についての考察を追加しました。

3月の初旬に、最新のAndroidがローエンドマシンに向かないという話をしました。そして今では古いバージョンのAndroidで満たされているローエンドマシンの市場にFirefox OSなどが食い込む余地があることを紹介しました。

特に「Firefox OSって破壊的イノベーションになるかもと思う理由」の書き込みでは、AndroidチームのリーダーであったAndy Rubin氏の次の言葉を引用しました。

There are places where Android can’t go,” he said, referring to memory and other hardware requirements. Firefox can help reach those. “For certain markets, it makes sense.

そしてこれをもとに私はこう結論しました。

つまりFirefox OSはローエンド市場にとって魅力のある製品であり、なおかつAndroidは(このままだったら)このローエンド市場に入り込む予定がなさそうです。

完璧に破壊的イノベーションの要件、a) ローエンド市場から入ること、b) 既存のプレイヤーが危機を感じていないこと、が満たされています。

しかし3月13日にAndy Rubin氏がGoogleの人事異動で事実上降格され、Androidの開発を離れることになりました(1, 2)。

問題はこの人事異動の結果、Androidはどのような方向に向かうのか、そしてFirefox OSなどの新規参入OSはどうなるのかです。またiPhoneとの関係についても気になります。それについて考えたいと思います。

Andy Rubin氏が降格された理由についてのアップデート

Andy Rubin氏が降格された理由についていろいろな憶測がありますが、現状ではNicholas Carlson氏によるこの書き込みが一番正しいように感じます。

What we heard is that Larry Page doesn’t mind employing gruff types … so long as they serve his purpose.

Page must have decided that the way Rubin was running Android no longer served his purpose, and that an Android run by Sundar Pichai would.

….

Rubin’s comments indicated a view of Android as something to preserve and protect.

Our source believes that Larry Page isn’t nearly so worried about Android itself. This source says that Page views it as a means to an end.

He says Page views Google as “a cloud services company,” built on cornerstone products like Search, Maps, Mail, and YouTube.

He says Page views Android as a way for Google to partner with hardware-makers to make these services more available to consumers.

自分なりに解釈すると、Andy Rubin氏にとってはAndroidそのものが大切で、これを発展させて守ることが一番重要でした。

それに対してGoogle CEOのLarry Page氏はAndroidそのものはあまり感心がなく、Androidは単なる手段としか考えていません。Larry Page氏はGoogleをSearch, Maps, Mail, YouTubeなどのクラウドサービス会社と位置づけていて、これをなるべく多くの人に利用してもらうための手段の一つとしてAndroidがあると考えているようです。もしAndroidではなくSamsung OSを介してGoogleのサービスを利用するユーザが多くても、それはそれで結構と。

あくまでもAndroidを発展させ、守っていきたいと考えるAndy Rubin氏と、Androidを一手段としか考えないLarry Page氏との間で埋めがたい溝があったと考えるべきでしょう。

Androidを一手段とか考えないというのはどういうことか

Androidを一手段としか考えないということは、おそらく以下のことを意味しています。

  1. Androidのマーケットシェアは重要ではない。
  2. GoogleがAndroid陣営を強くコントロールする必要はない。
  3. iPhone, Firefox OS, TizenなどのOSが勢力を伸ばすのは問題ない。ただしGoogleのサービスを載せてもらうことが大切。
  4. Androidが一番魅力的なOSである必要はない。
  5. なるべく多くの人にスマートフォンを利用してもらうことが新しいAndroidの使命。

Andy Rubin氏の元では、Androidを如何にiPhoneと同等にしていくか、如何にiPhoneに追いついて、追い越そうかが開発の主眼でした。しかしAndroidを一手段として考えると、iPhoneがカバーしているハイエンド市場はiPhoneに任せても良いのではないかという判断が可能です。あるいはSamsungが独自開発するのに任せることもできます。その代わりGoogleとしては、まだまだ未開拓なローエンド市場に目を向けるべきではないかという考えになってきます。

どんなことが予想されるか

AndroidとChrome OSの統合はもちろん重要な柱ですが、それ以外のことをここでは話します。

ネイティブアプリからHTML5にシフト

まずAndroidが一番魅力的なOSである必要はないと考えれば、ネイティブアプリへのこだわりが捨てやすくなります。ネイティブアプリの最大の特徴は滑らかで豊かなUIですが、ネイティブアプリじゃなくてもGoogleのサービスは十分に使えます。Android上でも徐々にネイティブアプリを奨励しない方向が出てくると予想されます。

Apple特許の利用を減らす

Googleのサービスを広く利用してもらうことについていえば、Appleとの競争関係はマイナスに働いています。お互いにとって、法廷争いを続けることは利益になりません。

Appleがこだわっているのはユーザインタフェースの重要な部分を真似られたからです。例えば米国で行われ、アップルの勝訴の判決が出た裁判では、”bounce-back effect”、”tap to zoom”, “home button, rounded corners and tapered edges”, “on screen icons”などの特許が争われました。このうち、スマートフォンの動作に必要不可欠なものは何一つありません。iPhoneよりも多少劣るもので良ければ、これらのAppleの特許を侵害することなくスマートフォンが作れます。

Appleの特許はまだ審査中のものもたくさんあり、これからも出てきます。しかし今後のAndroidのスタンスはおそらくAppleの特許を避け、結果としてUIが多少劣ったとしてもそれはそれでしかたないというものになるでしょう。現状でもSamsungに比べ、Googleの方がApple特許に対して慎重な姿勢を見せていますが、今後はますますそうなるでしょう。

ローエンドマシン

より低いスペックのスマートフォンでも十分に動作するように工夫をしていくでしょう。Android 4は高いハードウェアスペックを要求するため、未だにローエンド機はAndroid 2.3を搭載して販売されています。ローエンド市場を積極的に開拓していくために、スペックの低い機種でも十分に動作する新しいAndroidが開発されると予想されます。

以上が現時点での私の予想です。大きくまとめると、今後のAndroidはiPhone, iPadと対抗することを主眼とせず、市場を広げることに注力していくだろうと思います。フォーカスを切り替えた結果、Androidはローエンドからの破壊的イノベーションに対抗できるようになります。逆にFirefox OSが成功する可能性が低くなります。