Android Google Playの収益の危険な地域性(その3)

Android用のアプリを配布・販売しているGoogle Playの地域性が日本と韓国に極端に偏っており、相当に異常だと以前にもこのブログで紹介しています()。そのときに使用したのはAppAnnieのデータでしたが、先日Distimoからも同様のデータが出てきたので紹介します。

地域性のグラフは以下のものです。データは2013年7月のものです。

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このグラフからわかることは以下の通りです;

  1. 以前のブログにも紹介したとおり、App Storeの収益性は各国の人口や経済力(GDP)を考えれば納得できます。細かい順位は別として、米国が1位で、日本が2位、そして日本の半分以下で英国、オーストラリア、ドイツなどが続くのは納得がいきます。
  2. それに対してGoogle Playの収益性は日本と韓国に極端に偏っています。
  3. 日本は先進国の中でiPadの利用率がかなり低い。

以上を踏まえた上で今後のGoogle Playの収益性について考えてみます。

  1. Google Playの収益が最近6ヶ月で67%と増加したからと言って、この成長が持続する根拠はかなり薄弱です。もしGoogle Playの成長がまんべんなく起こっていて、各国でまだ伸びしろがあるのならば、成長が持続する可能性はあります。また経済成長が著しい途上国で起こっているのであれば、それもまた持続する可能性があります。しかし現実には、既に先進国の仲間入りをしている日本と韓国で、両市場をほぼ飽和するような勢いで成長したのです。日韓は急速に飽和に達する可能性が高く、増加が持続するためには日韓と同じようなことが徐々に他の先進国にも波及していく必要があります。しかしその傾向は特に見られません。
  2. 日本はドコモがiPhoneを販売していないのにもかかわらず、iPhoneのシェアが高くなっています。したがってドコモが仮にiPhoneを販売し始めれば、日本のiPhoneのシェアが激増し、Androidのシェアが激減する可能性があります。これは日本内でのGoogle Playの収益が激減することを意味します。日本の寄与が大きいだけに、日本一国での収益減少により、Google Playの全世界での収益性が減少に転じる可能性があります。
  3. Androidのシェアが高いのは、GDPが中位ぐらいの途上国です。これらの国では有料アプリは余り売れていません。Androidのシェアが高いからいずれGoogle Playのコンテンツが売れると考えるのは大きな誤りです。

i-modeとChristensen氏のlaw of conservation of attractive profits

i-modeの敗北についていろいろ調べている中で、池田信夫氏の「iモードの成功と失敗」が(結論は別として)興味深かったです。

何が興味深いかというと、私が以前にも言及したClayton Christensen氏の“law of conservation of attractive profits”との関連性が見えるのです。

池田信夫氏によるとi-mode創世記にはいろいろなことが起こりました。

WAPが携帯端末の限られた能力で普通のウェブサイトなみの機能を実現しようとしてデータを圧縮し、携帯端末用に最適化した言語WMLを開発したのに対し、iモードはドコモ独自のパケットで伝送し、中央のゲートウェイでTCP/IPに変換して、HTTPやHTMLなどのインターネット標準をそのまま使う方式だ。これはドコモの電話網でインターネットのエミュレーション(模擬動作)をやっているので伝送効率は低く、機能も限られている。

ところが、iモードはドコモだけで規格が決められるため、どんどんサービスを始めたのに対して、WAPの標準化が遅れたため、ドコモ以外の各社はそれぞれ独自の「WAPもどき」の方式でサービスを始めざるをえなかった。その結果、国際標準であるはずのWAPがかえってばらばらになり、標準化をほとんど考えない「NTT規格」だったiモードが事実上の国内標準となった。2001年に発表されたWAP2.0はiモード互換となり、実質的にドコモの規格が国際標準となった。

この明暗を分けた決定的な要因は、iモードをサポートする「勝手サイト」が大量に出現したことだ。WAPで読めるようにするには、WMLで書き、特殊なWAPサーバを使わなければならなかったのに対して、iモードのコンテンツはコンパクトHTML(簡略化したHTML)で書いて普通のウェブサイトに置くだけでよいため、だれでも自分のホームページから情報を発信でき、勝手サイトは爆発的に増えた。

Christensen氏の理論に従って上述の経緯を解釈すると以下のようになるのではないかと思います。

  1. WAP技術は携帯端末に最適化された新規格だったのに対して、iモードはインターネット標準をそのまま使うものでした。そして少なくともDoCoMoのキャリアネットワークでは、強いて携帯端末に最適化された新規格を採用しなくても、インターネット標準で十分でした。つまりWAP技術はそもそもがモバイルデータ通信をする上でのポイントを外していて、“attractive profits”が得られるポイントではありませんでした。iモードのインターネット標準で”good enough”だったのです。
  2. むしろモバイルデータ通信を普及させる上でのボトルネック(“not good enough”)はコンテンツを整備する環境でした。iPhoneのようにPCサイトをフルブラウザで見られるような時代ではなかったため、モバイル専用に書かれたウェブサイトが不可欠でした。WAPの場合はWMLという新しい書式でページを書く必要があり、なおかつウェブサーバも別個の設定が必要でした(WAPサーバが必要と池田氏は述べていますが、これは誤りでしょう)。WAPのコンテンツを作るのは簡単ではなかったようです。一方i-modeはコンテンツ作りを楽にしてくれたので、i-modeに“attractive profits”が集中したのだろうと考えられます。
  3. i-modeが全盛を極めている間は、携帯端末は“good enough”でした。i-mode自身が規格上「軽い」ウェブサイトしか受け付けなかったので、高性能な携帯端末は機能をもてあましました。その結果“attractive profits”は携帯端末メーカーに蓄積せず、キャリアの御用聞きに成り下がらざるを得ませんでした。
  4. 時代が変わってiPhoneが登場すると、ボトルネックはコンテンツ整備ではなくなります。なぜならパソコン用のウェブサイトがiPhoneのフルブラウザで十分に見られるようになったためです。“not good enough”はむしろスマートフォンの性能や電池の持ちに移ります。そして優れたスマートフォンを開発できる少数のメーカーに“attractive profits”が集中するようになります。なおキャリアの御用聞きに成り下がっていた国内のメーカーには、iPhoneやSamsungに対抗するだけの資金力も技術力も蓄積されていなかったと思われます。

こう考えるとi-modeの栄枯盛衰の原因はかなりわかりやすくて、「携帯端末専用の規格が必要な時代だったか否か」だけで決まっているように思えます。

WAP規格が生まれた頃は「携帯端末用の特殊な規格が必要」だと思われていたのに、実際にはi-modeの「インターネット標準」で十分でした。i-modeの強みはコンテンツの作りやすさで、それ故に最高の「携帯端末専用規格」となりました。そしてi-modeをコントロールしていたドコモに“attractive profits”が集中しました。

しかしハードウェアとソフトウェアの進歩により「携帯端末専用規格」が不要になりました。i-modeが不要になりました。それだけです。

もしi-modeが海外進出を果たしていたとしても、Nokiaの代わりになっただけでしょう。iPhoneやAndroidに駆逐されるのを防いではくれなかったでしょう。Nokiaの惨状を見れば、海外進出などを議論するのはほとんど意味が無いと思えます。

問題があるとすれば、それはi-modeが不要になる未来を描けなかった(未だに描けない)ドコモにあるのではないでしょうか。逆説的ではありますが、自らi-modeを潰し、i-modeが不要になる未来をたぐり寄せるぐらいのことをしなければ、ドコモはi-modeを救うことはできなかったでしょう。

i-modeがどうしてあっさりとiPhone, Androidにやられてしまったかを考える

今作っているPonzuウェブシステム(デモ解説)ではPC版、スマートフォン版、そしてi-mode版を用意しています。

開発中はi-modeの規格とかなり格闘しましたが、一つ強く感じたことがあります。

それはi-modeが項もあっさりとiPhoneやAndroidに追いやられ、ほぼ全面敗北の状況になった理由は、決してマーケティングや海外展開力、キャリアとメーカーの利権関係、あるいはガラパゴス化の問題ではなく、単純に製品が悪かったらからではないかということです。

製品が悪かったというのは、第一にi-modeブラウザのことです。i-modeブラウザは2009年にブラウザが2.0となりましたが、その特徴を一部抜粋しました(ここから);

  1. Cookieに対応。以前のi-modeブラウザは非対応でした。
  2. BMP, PNGの画像表示が可能になりました。以前はGIF, JPEGのみ対応。
  3. Javascriptに対応になりました。以前は非対応。
  4. 外部CSSに対応になりました。以前は外部CSSに対応していませんでした。
  5. 準CSS2対応になりました。以前は対応していないCSSが多くありました。
  6. VGA描写モード(480×640)に対応。以前はQVGA描写(240×320)のみ。

各項目の詳細は省きますが、特筆するべきことはこれらの機能が2009年、つまりiPhoneが発表されてから2年間も経ってようやく搭載されたという事実です。

例えばCookieやCSS、PNGへの対応はi-modeが圧倒的に遅く、auやSoftbankの携帯では以前から普通に使えていました。ガラケーの世界だけを見ても、i-modeブラウザは機能的に遅れていました。

それもi-mode用サイトを作る開発者側にとっては、かなり痛いところが遅れています。例えばPonzuウェブシステムを例にとると、Cookieに対応してくれないとログインシステムが使えません。また外部CSSが使えないと、開発効率が大幅に低下します。CSS2に対応してくれないと表現力が大幅に低下します。i-modeブラウザはかなり本質的なところが遅れていました。

ドコモがi-modeブラウザの開発に真剣に取り組んでいなかったのはかなり明白です。Internet Explorerの開発を滞らせてしまったMicrosoftと完全にダブります。

i-modeがiPhone, Androidに駆逐された原因はいろいろ議論されています。議論の状況はクローデン葉子氏が良くまとめています。また小飼弾氏は良く言われるガラパゴス化の影響について、非常にわかりやすく否定しています

それぞれの議論には当たっている点もあると思いますが、不思議なことにいずれもi-modeの製品自体のクオリティーについては言及していません。あたかもクオリティーには問題は無く、戦略等に問題があったというような議論ばかりです。

でも確実にクオリティーの問題はあったのです。製品力が落ちていたのです。その点に目をつぶって議論するのは大きな間違いじゃないかって思います。

凄いアイデアが凄い製品に至るまでの職人芸

ここ数日間、朝日新聞に「IT!おまえはどこへ」というシリーズがあって、ソニーでプレイステーションに関わった久多良木健 氏や、ドコモでiModeに関わった夏野剛 氏がインタビューに応じています。(

これからも日本のITで大きな存在の人間が登場するのでしょうが、今までのところかなりいまいちな印象です。

なぜかというと久多良木氏も夏野氏も単にSFのような世界観を述べているだからです。単なる「アイデア」、つまりこうなったら面白いなということ、もしくは「現代のトレンドはこうだな」というのを述べているにすぎません。

彼らはスティーブ・ジョブズ氏よりはジョン・スカリー氏っぽい気がします。スカリー氏は1987年にKnowledge Navigatorというコンセプトを打ち出し、いくつものコンセプトビデオを制作しました。両氏にはスカリー氏の雰囲気があります。

その一方でスティーブ・ジョブズ氏のいろいろなインタビューを聞いても、10年先の世界の話はまずしません。そんな先のことはわからないというスタンスをとります。

インタビューでのスティーブ・ジョブズ氏が言うのはむしろこうです;

You know, one of the things that really hurt Apple was after I left John Sculley got a very serious disease. It’s the disease of thinking that a really great idea is 90% of the work. And if you just tell all these other people “here’s this great idea,” then of course they can go off and make it happen.

And the problem with that is that there’s just a tremendous amount of craftsmanship in between a great idea and a great product. And as you evolve that great idea, it changes and grows. It never comes out like it starts because you learn a lot more as you get into the subtleties of it. And you also find there are tremendous tradeoffs that you have to make. There are just certain things you can’t make electrons do. There are certain things you can’t make plastic do. Or glass do. Or factories do. Or robots do.

Designing a product is keeping five thousand things in your brain and fitting them all together in new and different ways to get what you want. And every day you discover something new that is a new problem or a new opportunity to fit these things together a little differently.

And it’s that process that is the magic.

スティーブ・ジョブズ氏が言うのは、実際に製品を作っていくと、最初の「凄いアイデア」は様々に形を変え、最初のものとは大きく形を変えるということです。デザインの過程で様々な制限にぶつかり、問題を克服したり、新しい可能性が見えたりするからです。

そしてこのように具体的に製品をデザインしていく過程こそが“Magic”だとスティーブ・ジョブズ氏は語っています。この過程を表現するのに使っている言葉は“Craftsmanship”、つまり「職人の技能」「職人芸」です。

将来を見通すヴィジョンを持つと礼賛されるスティーブ・ジョブズ氏ですが、その本人はヴィジョンに偏るのをdiseaseと形容しています。そしてより重要なのは職人が生み出す“Magic”だとしています。

その意味を我々はよくよく考えなければなりません。