Netscape創設者Marc Andreessen イノベーションについて

Netscape創設者の一人でインターネットブラウザの普及に決定的に大きく貢献したMarc Andreessen氏は、現在ベンチャーキャピタルの運営をしていますが、全く新しいスタイルのブラウザ、RockMelt Browserの開発会社に何億円相当ものを投資をしているそうです。

僕はTwitterは使うけどFacebookはほとんど使っていませんので、これが成功するかどうかについて語る立場には全くありませんが、Seattle Timesの記事に書かれていたAndreessen氏の言葉が非常に気に入りました。

Andreessen is convinced Internet Explorer’s lead remains vulnerable, even after more than a decade of domination and repeated upgrades.

“I don’t believe in mature markets,” he said. “I think markets are only mature when there is a lack of innovative products.”

「成熟したマーケットというのが存在しないと思っています。イノベーティブな製品がなくなるとマーケットが成熟するだけだと思います。」

product life cycle.pngマーケットが成熟したかどうかは単純にはその成長率で計ります。そして一般的な考え方ではどんな市場も次第に成熟していき、イノベーションが起こらなくなり、成長がとまり、そして価格競争等で利益が出なくなり、最後には衰退していくとしています。そしてこれを必然的なことと考えています。

ライフサイクルは必然的に進行し、その結果としていつかイノベーションが起こらなくなり、そして市場が成熟化するというのは、マーケティング等のテキストブックによく出てくるプロダクトライフサイクルの考えです。しかしAndreessen氏は因果関係が逆だと言っています。単に何らかの理由(独占・寡占による怠慢?)でイノベーションが停滞し、その結果としてマーケットが成熟するだけだとしています。マーケットの成熟ステージに関わらず、探しさえすれば常にイノベーションのチャンスは常にどこかにあり、その努力をしなくなってしまった結果がマーケットの成熟化だという考え方です。

DigitalHub.jpg2000年頃のパソコン市場は成熟化し、衰退に向かっていくマーケットだと考えられていました。インターネットの普及によって一気に盛り上がったパソコン市場ですが、2000年頃にはもうパソコンはおしまいだという論調が大勢を占めました。その代わりユビキタスコンピューティング等がもてはやされ、いずれパソコンがなくてもPalmなどのデバイスで十分だと考える評論家がほとんどでした。その結果としてパソコンメーカーは価格以外に攻め手がなくなり、価格競争が激化しているとされました。そのときにAppleのSteve Jobs氏はキーノートスピーチの中でDigital Hub戦略を発表し、パソコン市場は成熟してしまったのではなく、むしろこれからが第三の黄金時代(Digital Lifestyleの時代)を迎えると主張しました。そしてiTunes、iMovie、iPhotoなどを発表し、そしてiPodも発売しました。この戦略が見事にはまったのは、もう皆さんもご存知の通りです。

NewImage.jpgバイオの世界について言えば、2005年頃のDNAシークエンサーが成熟市場と言われていました。ゲノム解読の熱がいったん冷め、そしてキャピラリー電気泳動によるSanger法も完全に成熟した技術になりつつありました。僕も当時、アプライドバイオシステムズ社に転職するかどうかを考えてたりしていましたので面接を何回か受けましたが、話題は「あなたならうちのシークエンスビジネスをどうやって停滞から抜け出させるか」と言ったたぐいのことばかりでした。

しかし2005年秋に454 Life Sciences社が売り出したGenome Sequencer 20によって展開はがらりと変わりました。次世代シークエンサーの開発競争が白熱化し、半導体におけるMoores Lawを遥かにしのぐ勢いで一気にイノベーションが活発化しています。成熟してしまったと思われていた市場が、一気にバイオサイエンス全体のイノベーションドライバーになりつつあるのです。

僕がメーカーで主にマーケティングを担当していたのは、主に成熟期から衰退期と言われた製品でした(454 Life SciencesのGenome Sequencer 20も短期間担当しましたが)。でも上記の事例を見ていたので、絶対に成熟し切った訳ではないはずだと信じていました。今でも強くそう思っていますし、Marc Andreessen氏の言う通り「成熟したマーケットは存在しない」と思っています。ただ何かのイノベーションが必要です。イノベーション無しではマーケットは成熟してしまいます。

バイオの買物.comはライフサイエンス製品のイノベーションの活発化を強く望んでいます。それも次世代シークエンサーのような話題を集めるけれどもユーザが少ない大型機器だけではなく、PCR酵素、クローニング酵素、細胞培養用試薬など、どっちかというと成熟したと考えられるけれども、一方で非常に多くの利用者がいる製品分野でのイノベーションです。まず製品購入の意思決定にイノベーションをもたらし、研究者とメーカーの距離を縮め、製品のイノベーションが起こりやすい環境を作れないか。そんな形で貢献できたらいいなと思っています。

GALAPGOSがガラパゴスにもなれない理由

GALAPAGOSという名前のメディアタブレット端末がシャープから発表されました。その発表会の中で、GALAPAGOSという奇抜なネーミングの理由をこう説明したそうです。

当日行なわれた発表会でシャープ オンリーワン商品・デザイン本部長の岡田圭子氏は、「GALAPAGOS(ガラパゴス)」は、世界基準とかけ離れた日本の特異な進化と揶揄される言葉として否定的にとらえるのではなく、世界のデファクト技術をベースに日本ならではのきめ細やかなモノづくりのノウハウと高いテクノロジーを融合させ世界に通用するオンリーワンの体験を創出したいとした。

galapagos_sharp.pngしかしどう考えても、この製品はガラパゴスにもなれないでしょう。

世界基準とかけ離れた日本の特異な進化も果たせずに、瞬く間に絶滅するだけでしょう。なぜならガラパゴス的進化をするための条件が整っていないからです。

ガラパゴス的進化をするための条件

ガラパゴス的進化をするには、世界基準とかけ離れたスタンダードを作れば良いというものではありません。例えば独自のスタンダードを作ったものとして、ソニーがiPodに対抗しようとしたときのATRAC規格が記憶に新しいです。ATRAC規格はすぐさまに絶滅しました。日本国内だけを見てもすぐに絶滅しました。日本だけで生き残るガラパゴス進化もできなかったのです。

それではガラパゴス的進化をするための条件とはいったいなんでしょうか?僕は以下の2つが重要ではないかと考えています。

  1. 外部から隔絶されていること:ガラパゴス諸島の島々は海によって大陸から隔てられているため、独自の進化をすることができました。同様にテクノロジーがガラパゴス的進化をするためには、世界基準から隔絶される必要があります。
  2. 生き残ること:進化というのは、子孫が徐々に変化していって環境に適応していく過程です。子孫が生き延びないといけないのです。いきなり死んではガラパゴス的進化は起こりません。でもそのためには強力な外敵や競争相手がいないことが大切です。
  3. 独自に進化(変化)すること:ガラパゴス進化をするためには変化をするあります。生物学的には、他種と交配しても子孫が育たないレベルまで進化することです。こうすることによって外部との隔絶をより強固にできます。テクノロジーで言えば、世界規格ではもはや代替が不可能というレベルまでに独自規格が新機能を発展させなければなりません。

NewImage.jpg例えばガラパゴス携帯電話の場合、外部からの隔絶は強固でした。通信規格が違うことがまず最初のハードルでした。世界で広く使われているGSMではなくPDC方式が採用されていました。そして各社が3Gに移行するまで、これが主流の通信規格でした。世界標準規格を用いた3Gへの移行は2006年ごろまでかかりました。しかしこの頃までにはiMode等、これまた日本独自の規格が普及しており、この機に海外メーカーが入り込むことは困難でした。つまり1.の要件によってガラパゴス進化が始まり、2.の生存をしているうちに、3.の進化(変化)が行われ、隔絶が強力になったのです。

まだこの隔絶は残っていますが、iPhoneなどの出現によって携帯電話のガラパゴス的進化が終焉を迎えそうです。ただ逆に言うと、iPhoneぐらいに強力なイノベーションがない限り、ガラパゴス携帯の強固な隔絶は続いたでしょう。

ところがシャープのGALAPAGOSは、全然この要件を満たすことができていません。

GALAPAGOSは世界基準にどっぷり浸かっている

通信はWiFi(IEEE802.11b/g)、OSはAndroidと完全な世界基準です。独自なのはXMDFという電子書籍のフォーマットだけのようです。

XMDFの利用は有償ということですが、どこかがXMDFを読めるビューアをAndroidやiOS用に開発することだって十分考えられます。

コンテンツにしても、出版社はXMDFだけを使う必要がありません。シャープはPDF、Word、Excelなどの世界基準をXMDF形式に変換するツールを提供するということなので、XMDFは「隔絶」をほとんど提供することができません。

この点を考えると、GALAPAGOSは世界基準にどっぷり浸かりすぎていて、隔絶の要件を満たしてないことがわかります。

またXMDFコンテンツを作る際に利用されるのは、恐らくはAdobe InDesignなど世界基準の出版ソフトでしょう。まずこれで作っておいて、最後に変換ソフトを使ってXMDFを作ることになりそうです。こうなるとXMDFを変化させることが難しくなります。仮にXMDFに独自の機能をつけても、Adobe InDesignなどが対応してくれないとその機能が活かされません。ですから「独自の進化(変化)」の要件も満たせません。

なお、これはAppleがFlashで作ったソフトを禁止しようとしたときに使った理屈の一つです。AppleはFlashでオーサリングされると、iOSの進化が阻害されると言ったのです。

GALAPAGOSは生き延びれるか

GALAPAGOSの取り囲む環境は競争相手だらけです。日本での活動は遅れていますが、AmazonのKindleAppleのiPad/iBooksなど強力なライバルがすでに日本にも浸透し始めています。

機能にしても価格にしてもGALAPAGOSがこれらのライバルに勝つのは至難の業です。何より販売スケールが違いますので、部品の調達コストが違うはずです。アセンブリにしても米国メーカーは中国等安い国で製造しますので、最終製品の価格競争力は相当なものです。

隔絶の要件が満たされず、競争相手がうようよいる環境に放り込まれたGALAPAGOSは恐らくはあった言う間に絶滅してしまうでしょう。

そして生き延びることが出来なければ、進化(変化)することもできません。

iTunesとガラパゴス

NewImage.jpg昔からのAppleユーザでなければ知らないと思いますが、iTunes Music Storeは(意図的な)ガラパゴス進化から生まれました。

iTunes Music Storeが生まれたのは2003年4月28日。このときはまだMac版のiTunesしかありませんでした。

iTunes Music Storeを実現するためには、音楽レーベルが楽曲を提供する必要がありましたが、Napsterなどで痛い目にあっていた音楽レーベルはインターネット配信に消極的でした。最終的にAppleは音楽レーベルを口説き落とす訳ですが、そのときにMacユーザが全パソコンユーザの5%に満たなかったことが有利だったと言われました。つまり音楽レーベルは実験ができたのです。仮にiTunes Music Storeが失敗で、おかげで音楽レーベルが違法コピー等で被害を受けることになったとしても、被害は全パソコンユーザの5%以内に限定されるという理屈です。

つまりMacユーザ限定というガラパゴス的に隔絶された実験環境の中からiTunes Music Storeが生まれることができたのです。

幸いにもiTunes Music Storeは成功し、Windows版のiTunesもまもなく発売されました。そうやってガラパゴスがメジャーになったのです。

GALAPAGOSの進化の(少ない)可能性

シャープのGALAPAGOSは果たして同じように発展することができるでしょうか。まぁ出版社が実験的なものとしてGALAPAGOSを見てくれる可能性はそれなりにあるとは思います。しかし全PCユーザの5%以下とはいえMacユーザは膨大に存在していて、iTunesを利用する人も多かったため、iTunesはすでに準備万端な実験環境でした。しかしシャープはこれから実験環境を構築するので難しいです。

さらにシャープはそのあとが続きません。AppleがWindows版のiTunesを作ったときは、Windows対応のiPodがすでに好調に売れていました。したがってWindows版のiTunesを作るだけですぐにiTunes Music Storeのユーザ層を急拡大できたのです。しかもWindows対応のiPodで資金回収ができるという仕掛けがありました。

その上シャープの場合、実験が成功したときに何が起こるでしょうか。ボリュームアップを狙うにはシャープはXMDFをライセンスし、AndroidやiPhoneにも対応したビューアを売るしかありません。GALAPAGOSだけだと販売台数が稼げないからです。ユーザ層を拡大できない限り出版社は離れて、AmazonやAppleにもコンテンツを配信するようになってしまうので、XMDF規格を生き残らせるには選択肢はありません。

シャープのようなハードのメーカーとしては、いずれにしてもつらいと思います。

リンク

  1. 外観とUIを速攻チェック――写真で見る「GALAPAGOS」端末
  2. シャープ、電子ブックリーダー「ガラパゴス」を発表

アップデート

ネットでいろいろ見ていると、「売れるか売れないか」関連の話題ばかりが多く、”GALAPAGOS”という名前が持つ「進化」という意味合いに言及するものを見かけませんでした。

「売れるか売れないか」についてはまぁ売れないとは思うのですが、仮にそこそこ売れたとしてもそれは「ガラパゴス進化」の要件を一つ満たした(2.の項)に過ぎず、それ以外の要件は満たしていないというのが僕の言いたいことです。ネットで「進化」が話題にならないのもうなずけます。

ただ、漫画については日本はコンテンツ制作に相当に強みを持っていますので、コンテンツ制作ツールにおける「隔絶」の要件がそろい易く、「ガラパゴス進化」の可能性は残っていると思います。

アップデート2

追加したいことがいくつかあったので、追加のブログを書きました。

市場の力関係とイノベーション、そして顧客の利益

「Appleは単に最高の製品を作りたいだけだ」と昨日のブログに書きました。

今日、Elia Freedman氏が書いた“Fighting The Wrong Fight”という関連する記事を見つけました。

Eliaが言っているのはこうです。

スマートフォンではAppleとGoogleの戦いが重要ではないんだと。重要なのは携帯メーカーとキャリアの間の戦いだと。そして携帯業界のイノベーションを阻害し、より優れたユーザエクスペリアンスを妨害していたのはキャリアだったとしています。

キャリアが携帯電話を販売し、通信サービスを提供します。どのようなソフトウェアがインストールされるかを決める権限を持ち、何ができて何ができないかを決定してきました。日本においてもそして米国においても、キャリアに力があったのです。それがiPhoneの場合は、力関係がひっくり返っています。Appleが決定権を持っているのです。この力関係をひっくり返してこそ、Apple流のイノベーションを携帯電話に持ち込むことができたとも言えます。キャリアにはそれだけのイノベーションをする能力もインセンティブもありませんから。

ただ残念なことにGoogleのAndroidはオープンであることを逆手に取られて、キャリアに利用されてしまっているとこの記事では解説しています。

さてバイオの買物.comとの絡みで僕がいつも考えているのは、ライフサイエンス研究用製品の市場がイノベーションを生み、そして顧客に利益をもたらす構造になっているかどうかということです。もしや従来の携帯電話市場と同じように、イノベーションを生み出さないところに力関係が傾いていて、そして顧客の利益が損なわれてしまっているのではないかと。研究の発展を促すためには、既存の市場構造を変革させ、そして顧客に力がシフトするようなものにして行かなければならないのではないか。常にそう思ってきました。

バイオの買物.comはどのようなプラスの効果を生み出しうるか。僕の考えをちょっとだけ紹介します。

  1. ブランド力に関わらず、顧客のために努力している会社の製品が売れる : バイオの製品は猛烈な数がありますので、研究者はどうしてもブランドでフィルターをかけて、探すのを楽にしてしまいます。すべてのメーカーのカタログを探すよりは、馴染みのブランドに絞って探した方がずっと楽です。でも各メーカーの製品を簡単に比較できるのなら、ブランド力のフィルターはあまり必要なくなってきます。ブランド力に関わらず、適正な価格であり、十分サポートを提供し、品質の良いメーカーの製品が売れやすくなります。
  2. 営業担当者等がより充実した製品知識を入手しやすくなる : この業界の営業担当者は製品知識があまりありません。もともと製品が多いのもありますが、各メーカーが無節操に製品分野を拡大した結果、営業担当者としてはますます難しくなってきました。バイオの買物.comがそういう人の勉強のツールになれば、より顧客のニーズにあった提案ができるようになるのではと期待しています。
  3. イノベーティブな製品が売れやすくなる : メーカーが新しくて革新的な製品を開発しても、それをマーケティングして普及させるのは簡単ではありません。次世代シーケンサーほどに革新的であればNatureとかが取り上げてくれますが、例えばClontechのIn-Fusion PCRクロニングキットとか、タンパク質レベルで発現を調節できるProteoTuner Systemとかはなかなか知名度が上がりません。バイオの買物.comによってこういう製品が注目されやすくなるのではないかと期待しています。

メーカーのイノベーションが促進され、サポート力が注目され、企業努力による価格抑制が顧客の目に留まりやすい市場環境。そしてブランド力や代理店との力関係に頼った顧客の囲い込み等が行いにくく、顧客価値の創出の結果として売上げが伸びて行く市場環境。現状が果たしてそうなっているかを常に考えながら、より良い方向に持って行くために貢献できたら良いなと思っています。

GoogleのHugo Barra氏:Android 2.2はタブレット用には最適化されていない

Techradarの記事 “Google: ‘Android not optimised for tablets”より。

あれ?って感じです。だって昨日書いたようにAndroidを搭載したTabletがたくさん発売予定になっていますよ。

どうやらこれらのTabletはAndroid Market (AndroidのApp Storeみたいなもの)のアプリが使えなくなりそうです。Android 2.2はTabletサイズに最適化されていないし、そういうアプリはAndroid Marketからダウンロードできないかも知れないとのことです。

いたたたっ!ですね。

NewImage.jpgGoogleは次のバージョンのAndroid (Gingerbread)でタブレットへの対応を強化してくるでしょう。噂によるとQ4 2010に発表されるみたいですが、2010年9月になってもまだ情報は無い状況です。

いずれにしても、足並みは揃わないですね。

同じように水平分業をしているマイクロソフトWindowsの場合、マイクロソフトが完全にしきっていますので、ここまでのハチャメチャ感は無いですね。

AndroidにしてもiOSにしても、ハードもOSもアプリの供給システムも大変なスピードで進化し、変化していっています。この状況では水平分業はつらいよねって思います。垂直統合の方がよっぽど楽そうです。

NewImage.jpgそういえばGoogleはChrome OSというのも作っていましたね。こちらは基本的にはNetbookをターゲットしたOSです。Touch UIも視野には入っているということですが、Webアプリを作っているデベロッパーはTouch UI対応をやってくれるでしょうか。少なくともiOSの傾向を見ると、WebアプリをTouch UI用に作り直すよりは、iOSアプリをつくってApple App Storeに無料で載せることの方が多いようです。Touch UIに対応したWebアプリはあまり増えなさそうに思えます。

こうなるとChrome OSをタブレットに載せても、まともに動くアプリ(Webアプリ)が無いということになります。Netbookの売上げがiPadを筆頭としたタブレットに相当に食われると予想されていますので、Netbookでしか使えないChrome OSだと将来が暗いのではないでしょうか。

アップグレードする毎に速くなるOS

Mac OS X Public Betaが発売されたとき、そしてBetaから抜け出してMac OS X 10.0 (Cheetah)が発売されたとき、あまりにも処理速度が遅くてがっかりしてしまったことを先日紹介しました。

今ではOSのアップグレードにより、処理速度が向上するケースは珍しくなくなりました。例えばiPhone 3Gで特に顕著だったのですが、iOS 4からiOS 4.1にアップグレードすることによって、ほとんど実用に堪えないほどに遅かったのが、ほぼ問題の無いレベル(iOS 3レベル)に回復しました。

またWindowsの世界では、重すぎて古いパソコンやNetbookでは使いものにならないと言われていたVistaでしたが、新しいOSのWindows 7にするとパフォーマンスが大幅に改善するそうです。

しかしMac OS X Public Betaが発売された2000年当時はそうではありませんでした。OSのアップグレードをしたら処理速度が遅くなるのはほぼ「常識」でした。処理速度の低下がどれぐらい顕著か、そして新しい機能がどれぐらい魅力的かを天秤にかけながら、最新の高速なパソコンに買い替えるべきかどうかをアップグレードのたびに考えたものです。

NewImage.jpgMacの世界ではSystem 6の時代はOSがフロッピーディスク一枚に納まり、そして何秒かかったかは計ったことはありませんが間違いなく1分以内に再起動してくれました。MacはしょっちゅうOSが落ちたので、再起動は一日に何回もやるのが普通でした。ですから再起動が速いのはとても便利でした。

System 7になったらOSはハードディスクに載せる必要が出てきました。OSが巨大化したのです。再起動も遅くなりましたが、各種の処理も非常に遅くなりました。ただ疑似マルチタスク等、どうしても必要な機能がたくさん追加されていました。そしてMac OS 7.5, 8, 8.5, 8.6, 9と進化していきましたが、一貫してOSは重くなっていきました。

NewImage.jpgWindowsの世界ではまともなGUIベースのOSが出たのはWindows 95が最初でした。後を次いだWindows 98はまだそれほど問題がありませんでしたが、マルチメディア機能等を拡充したWindows Meは悲惨でした。OSそのものが重くて処理が遅いのはもちろんのこと、RAMと高速CPUを搭載したパソコンに買い替えても状況は改善できない決定的な欠点を持っていました。OSそのものが決定的な限界を抱えていて、ハードをどんなに良くしてもダメだったのです。そしてこれらの問題を解消したWindows 2000とWindows XPは真のマルチタスクができる等、大幅に改善されたOSではありましたが、Windows 95, 98に比べて処理速度は重く、よりパワーのあるパソコンが必要でした。

このように、OSをアップグレードしていくに従って処理速度が落ちるのは常識でした。だからこそMac OS X Public BetaやMac OS X 10.0があまりにもパフォーマンスが悪かったときに、絶望的なほどにがっかりしてしまったのです。

NewImage.jpgこの常識を覆して行ったのは、Mac OS X 10.0 Cheetahの後を次いだ Mac OS X 10.1 Puma、Mac OS X 10.2 Jaguarでした。特に10.2 Jaguarはグラッフィックスカードの処理能力を引き出すことによって、大幅なパフォーマンス改善を実現しました。この時点でMac OS Xは実用に堪える処理速度を手に入れました。そして10.3 Panther、10.4 Tiger、10.5 Leopard、10.6 Snow Leopardと、どのバージョンでもパフォーマンスは改善して行きました。Windows VistaからWindows 7に行くまでのパフォーマンス改善も、期間は短かったのですがおおよそ同じ状況だったのだろうと思います。

もちろんすべてのマシンでパフォーマンスが改善した訳ではありません。OSの機能を拡充しながらの速度改善はマジックではありません。これを実現するためには、CPUが担ってきた処理を他のハードウェアに任せる等の方法がとられましたので、対応しないハードウェアではうまくいきませんでした。しかしハードウェアが対応している限りはOSの機能拡充と速度改善は両立していました。

Mac OS X 10.0 Cheetahのパフォーマンスが遅かったときは非常にがっかりしたのですが、iPhone 3GでiOS 4の速度が遅くても安心していられました。Apple社ならOSアップグレードでパフォーマンスを改善してくれるだろうって、信じることができました。そう遠くはない過去にそれをやってのけた訳ですから。

今ではOSにしてもアプリにしても、そしてウェブサービスにしても、機能を拡充しながら処理速度を向上させることが常識になってきました。

LinuxのUbuntu 10.04は超高速で再起動できることに注力しています。Windows 7はNetbookでも軽快に動くようにすることに重点を置きました。MacはSnow Leopardで大幅な減量と最適化を実現しました。

ウェブではGoogleがGoogle Instantを発表し、スピードへの飽くなきこだわりをまたも見せてくれました。ウェブページの速さがオンラインでの売上げに直結するというデータも出ています。

良い時代になったと思うと同時に、これを支えている多くのテクノロジーを開発した人間には本当に頭が下がる思いです。

iTunesのロゴからCDがなくなった件

iTunes 10 でロゴからCDがなくなりました。最初のiTunesのバージョンからiTunes 9まではずっとCDと音符を重ねた同じデザインで、時々音符の色が変わるぐらいの変化しかありませんでした。

iTunes-new-logo.pngitunes-logo.png
それがiTunes Music Storeで販売している音楽の数がCDの売上げを上回ったらしく(KeynoteでSteve Jobs氏が言及)、もうCDはいらないだろうという話でした。

今となってはずいぶん昔の話になってしまいましたが、2001年1月にiTunesの最初のバージョンが発表された頃に思いを馳せてしまいました。

iTunesを発表するまでは、Apple社はパソコンにCD-RW(読み書き)ドライブを搭載することをかたくなに拒んでいて、横込みだけができるCD-ROM、もしくはDVDの再生ができるDVD-ROM(読み込みのみ)を全パソコンのモデルに搭載していました。それに対してWindowsの世界ではCD-RWが一般的になっていて、音楽CDを多くの場合不法にコピーすることが多くなっていました。Apple社は常々クリエイターやアーティストの側に立ってきたメーカーなので、CD-RWを搭載しなかったのは彼らに対する遠慮もあったのでしょう。批評家やユーザからはCD-RWを標準搭載するように要望されても、Appleは決して搭載しませんでした。

それがiTunesを発表したときにがらりと戦略を変えました。アーティストに遠慮していてはだめだと。新しい音楽消費の形態を世の中に提案していかないと、パソコンそのものの進歩の可能性が失われると思ったのでしょう。CD-RWの標準搭載を始めたばかりではなく、“Rip, mix, burn”というプロモーションまで行いました。単純にCDの違法コピーがしやすくなったというのではあまりにもまずいし、何の価値も提供していません。そこでそうではなく、CDの音楽を選んでカスタムのCDを作ることに価値があるとプロモーションしたのです。ただ”Rip”は誤解されやすい言葉だったので、わざわざAppleのホームページに解説もありました。
ripmixburn.png

このiTunesの発表をきっかけに、Appleは“Digital Hub”戦略を打ち出し、そしてまもなくiPodを発売します。そのiPodからiPhoneに行って、iPadに行ったのはもう皆さんも知っていることです。アーティストやレーベルに音楽消費の新しい形態を提案するのはiTunes Music Storeにもつながりました。

いろいろ考えさせられます。

オープンであることの意味 : “The Meaning of Open”の和訳

2009年末、”The Official Google Blog”に掲載された Jonathan Rosenberg, Senior Vice President, Product Managementの記事、“The meaning of open”を和訳しましたので、以下に紹介いたします。

この内容に賛同するかしないかは別として(私も部分的には賛同していません)、非常に示唆に富んだ文章であることは間違いないと思います。

もし何かに利用したいということであれば、引用、転載、修正は全く自由ですので、よろしくお使い下さい。

なお、この翻訳はGoogle翻訳者ツールキット (http://translate.google.com/toolkit)を使って行いました。

—– 以下翻訳 —-

オープンであることの意味

2009年12月21日3時17分00秒午後

インターネット、グーグル社、そして我々の利用者にとって「オープン」であること意味について、先週、社内にメールを送りました。オープンの精神に則り、グーグル社外にもこの考えを共有したいと思いました。

グーグル社では、オープンシステムが勝つと信じています。オープンシステムはより多くのイノベーションを生み、価値を創造し、消費者の選択の自由を拡大します。そしてより活発でより収益性があり、より競争が行われるビジネス環境を作り出します。他の多くの会社も似たようなことを言っています。自社もオープンだと宣言することがブランドの向上に貢献し、同時にリスクがないことを知っているからです。そもそも我々の業界にはオープンであることの意味が明確に定義されていません。これはいってみれば「羅生門」的な言葉です。非常に主観的でありながら、極めて重要なのです。

グーグル社内でオープンが話題になることが最近多くなっているようです。製品の議論をしているミーティングに参加しているときなどにも、我々はもっとオープンであるべきだという意見が出ます。しかしそのあと議論を続けていると、会議室のほとんどの人はオープンが良いと信じてはいるものの、具体的にそれが何を意味しているかについては必ずしも意見を共有していないことが分かります。

このような議論はかなり頻繁になってきています。そこでそろそろ全員が理解し、支持できるような形でオープンを明確に定義しなければいけないと私は思います。以下に紹介するのは私自身の経験と数人の同僚の意見を元に作成した、そのような定義です。私たちが会社を運営し、製品の判断を行う際は、ここに紹介する原則に従っています。ですからこの文章を注意深く読み、振り返り、そして議論してほしいと思います。そしてこの定義を自分のものとし、自分の仕事に活かしてください。これは複雑なトピックなので必ず議論があるはずです。議論はオープンで行ってください!自由にコメントをしてください。

我々のオープンの定義は2つの要素からなっています。それはオープンな技術とオープンな情報です。オープンな技術というのはオープンソースソフトウェアとオープンスタンダードを含みます。オープンソースを含むという意味は、我々はインターネットを成長させるソフトウェアを公開し、積極的にサポートしますということです。オープンスタンダードを含むという意味は、我々は公認のスタンダードに従い、スタンダードがない場合は(グーグル社だけでなく)インターネット全体の利益となるようなスタンダードを作り出すということです。オープンな情報というのは、我々がユーザに関する情報を持っているときは、これを利用者に有用な価値を創造するために使用し、どのような個人情報を持っているかについて透明性を持たせ、かつその情報をコントロールする権限を利用者に全面的に与えるということです。我々がやらなければならないのはこの2つのことです。多くの場合、我々はまだこれが達成できていません。しかしこのメールを出発点に、現実と理想のギャップを埋め始められることを期待しています。

我々がオープンを一貫して実践できれば(そしてできると信じています)、我々は行動を通して模範を示すことになります。そして他の会社や産業が同じくオープンを実践することを奨励できるでしょう。他の会社や産業もオープンになれば、世の中はより良くなります。

オープンシステムは勝利します
我々の立場をより詳細に説明するために、オープンシステムが勝利するということをまず強調したいと思います。伝統的な訓練を受けたMBAは、クローズドなシステムを作り、それを普及させることによって持続可能な競争的優位を築き、そしてプロダクトライフサイクルに沿って利益を搾り取ることを教育されています。したがって彼らにとっては、オープンシステムが勝利するというのは直感に反します。伝統的な考え方では、会社は顧客を囲い込むことによって競合他社を閉め出すべきです。戦術的にはいくつかの異なるアプローチがあります。カミソリの会社はカミソリのホルダーを安く売り、刃は高く売ります。昔のIBMはメインフレームを高くし、ソフトウェアも…高くしていました。いずれにしても正しく運営されたクローズドシステムは多くの利益をもたらします。また短期的には良くデザインされた製品を生み出しますが(誰でも分かる例としてはiPodとiPhone)、クローズドシステムにおけるイノベーションはいずれ小さな前進しか生まなくなります(4つ刃のあるカミソリは3つ刃のカミソリよりそんなに良くなっていますか?)。なぜなら現状を維持することが目的だからです。クローズドシステムは常に慢心を生みます。顧客の維持が楽にできるようになってしまえば、楽をしてしまうのです。

オープンシステムはこの逆です。競争が激しく、もっと変化が早いです。オープンシステムでの競合優位は顧客の囲い込みから生まれるのではありません。変化の激しいシステムを誰よりもよく理解し、より良い、よりイノベーティブな製品をつくることによって競合優位が生まれるのです。オープンシステムで成功する会社はイノベーションが早く、同時に思想面でもリーダーです。これは簡単なことではありません。とても大変なことです。しかし行動の素早い会社は何も恐れることはありません。そして成功すれば、大きな株主価値を生むことができます。

オープンシステムは新しい産業を生み出すことができます。オープンシステムでは一般大衆の知性がときはな、各会社はビジネス戦術だけでなく製品の優劣に基づいて競争し、イノベーションし、勝敗を付けるようにしむけられます。ヒトゲノムの解読はその一例です。

Wikinomicsという本でDon TapscottとAnthony Williamsは1990年代の半ばに私企業がDNA配列データをたくさん発見しては特許出願し、その情報を誰がいくら払ってアクセスできるかをコントロールしていたことを紹介しています。ゲノム情報を私企業が所有することによってコストがかさみ、創薬の効率が落ちました。そして1995年にはメルク社とワシントン大学のゲノムシーケンスセンターはMerck Gene Indexというオープンなイニシアティブを作り、ゲームのルールそのものを変えました。わずか3年間で800,000の遺伝子がパブリックドメインに公開され、まもなく同様な行動的なイニシアティブが生まれました。この業界では初期のR&Dはクローズドな研究室で行うのが伝統的であり、メルク社のオープンなアプローチは業界全体のカルチャーを変えただけでなく、医薬開発のスピードを速めました。この成果により世界のどこの研究者であっても、オープンな遺伝情報に制限なくアクセスできるようになりました。

またオープンシステムはすべてのレベル(OSレベルからアプリケーションレベルまで)でのイノベーションを可能にします。それに対してクローズドシステムでは一番上のレベルでしかイノベーションできません。ですからある会社が製品を出荷する際、もう一つ別の会社の善意に頼る必要がないのです。例えば私が使用しているGNU Cコンパイラにバグがあれば、オープンソースなので自分で修正することができます。バグレポートを送って、修正がタイムリーに行われることを祈らなくていいのです。

したがって、可能な限り産業を大きくしたいのであれば、オープンシステムはクローズドシステムに勝ります。我々がインターネットでやろうとしているのはまさにこれです。我々がオープンシステムにコミットするのは、利他主義だからではないのです。ビジネス上、オープンシステムの方が賢明だからです。オープンなインターネットは安定してイノベーションを生み出し、ユーザの増大とユーザの活発な利用を促し、産業全体を成長させるからです。Hal Varianの"Information Rules"という著書には、これに当てはまる数式があります:

報酬 = (市場に提供されるすべての付加価値) * (我社の付加価値のシェア)

他の条件を同一と見なしたとき、10%のシェア増大と10%の市場全体の拡大は同じ結果を生みます。しかし我々の市場では市場全体の10%の拡大の方がより多くの報酬を生みます。なぜなら産業全体にスケールメリットをもたらし、生産性を向上させ、すべての競争相手のコストを下げるからです。我々が安定してすばらしい製品を提供し続ける限り、我々は市場全体とともに繁栄します。シェアは小さくなるかもしれませんが、パイは大きくなるのです。

別の言い方をすれば、グーグル社の将来はインターネットがオープンであり続けることに依存しています。そして我々がオープンを推し進めることよって、グーグル社を含めたすべての人が恩恵を受ける形でウェブが拡大するでしょう。

オープンな技術
オープンの定義をするためには、インターネットの土台となった技術:オープンスタンダードとオープンソースソフトウェアの話から始めなければいけません。

オープンスタンダード
ネットワークが繁栄するためにはいつの時代もスタンダードが必要でした。19世紀の初めにアメリカに鉄道網が敷かれ始めたとき、線路幅の規格は異なるものが7つありました。当初はネットワークが繁栄することはありませんでした。それぞれ異なる鉄道会社が標準幅の4フィート8.5インチに同意して始めて、鉄道網が繁栄し西に拡大することができたのです。(この場合、規格戦争は本物の戦争でした:アメリカ内戦で南部連合国が合衆国に負けると、南部の鉄道会社は11,000マイルの鉄道を強制的に変更させられたのです)

1974年にVint Cerfと同僚らがアメリカ合衆国のいくつかのコンピュータネットワークを接続する際、(後にTCP/IPとなった)オープンスタンダードの使用を提案しましたが、これはこのような前例のあることでした。どれだけの数のネットワークが存在するかははっきり分からなかったので、"Internet"(これはVintが名付けたのもだが)はオープンでなければなりませんでした。どんなネットワークであってもTCP/IPを使って接続することができました。そしてその時の判断の結果、現在ではインターネット上に6億8100万ほどのホストが存在しています。

利用者の選択の自由を確保する上では相互互換性が必須ですので、開発社向け製品については我々はオープンスタンダードで作ります。したがって、グーグル社のプロダクトマネージャーと技術者は可能な限りオープンスタンダードを使用するべきです。オープンスタンダードがまだ無い分野に挑戦しているときは、オープンスタンダードを作りなさい。オープンスタンダードがまだ十分でない場合は、それを改善し、改善点をなるべくシンプルにし、ドキュメンテーションも可能な限り充実させなさい。我々のグーグル社だけでなく、利用者および産業全体を常に優先させるべきです。あなたたちはスタンダード策定団体と協力し、我々が行った改善点が公認スタンダードの一部となるように努力するべきです。

我々は以前からこれを実践しています。Google Data Protocol(XML/Atomに基づく我々の標準APIプロトコール)を作っていたころ、我々はIETF Atom Protocol Working Groupと協力し、Atomの仕様策定を共に行いました。また最近ではW3Cと協力して、ブラウザ上で位置情報を利用したアプリケーションが簡単に作れるように、標準の位置情報APIを作成しました。このスタンダードは我々だけでなく、すべての人の役に立ちます。そしてとても面白いアプリケーションが何千もの開発者によって作られ、利用者の手にわたることでしょう。

オープンソース
先に述べたアプリケーションの大部分はオープンソースソフトウェアで作られるでしょう。オープンソースソフトウェアはここ15年間のウェブの爆発的な成長の原動力です。ここにも前例はあります。「オープンソース」という言葉が生まれたのは1990年代の終わりですが、産業を活性化するために重要な情報を共有しようという発想はインターネットのずっと前から存在していました。1900年代の初め頃、アメリカ合衆国の自動車産業は特許のクロスライセンス協定を結び、メーカー間で特許がオープンにかつ自由に共有されました。この協定以前は、ツーサイクルガソリンエンジンの特許の保持者たちが産業全体を事実上閉じ込めてしまっていました。

今日のオープンソースは昔の自動車メーカーの「パテントプール」よりも大幅に発展し、グーグル社を支えているLinux, Apache, SSHなどの高度なソフトウェアコンポーネントの開発につながりました。実際、我々の製品を運用する上で、何千万行ものオープンソースコードが使用されています。また我々はオープンソースにこの恩を返しています。我々は世界最大のオープンソースソフトウェア提供者です。合計2000万行のコードに達する、800以上のプロジェクトを提供しています。Chrome, Android, Chrome OSとGoogle Web Toolkitの4つはそれぞれ100万行以上のコードです。またMozillaとApacheをサポートするチームもありますし、250,000以上のプロジェクトをホスティングしているプロジェクトホスティングサービスも提供しています(code.google.com/hosting)。これらの活動によって社外の人間が我々のプロジェクトに協力し、我々がより良い製品を提供できるだけではありません。もし我々が十分にイノベーションできなければ、社外の人間が我々のソフトウェアを土台に自らの製品を作ることもできるのです。

我々がコードをオープンソースするときはApache 2.0ライセンスを使用します。つまり我々はそのコードをコントロールしないということです。他人がそのオープンソースコードを入手し、修正し、閉じ込め、自分のものかのように出荷することもできます。Androidはこの典型例です。複数のOEMはこのコードを入手し、すばらしいものを作り上げています。このアプローチにはリスクもあります。ソフトがお互いに互換性の無い、複数の系統に分かれることがあるからです(ワークステーション用のUnixがApollo, Sun, HPなどに分岐したのを思い出してください)。Androidではこうならないように努力しています。

開発者用のツールをオープンソース化することには努力を惜しみませんが、すべてのグーグル製品がオープンソースだという訳ではありません。我々の目標はインターネットをオープンにしておくことです。これによって選択の自由と競争を奨励し、利用者や開発者が囲い込まれてしまうのを防ぎます。多くの場合、特に検索や広告関連製品などでは、オープンソース化はこの目標の実現に役立ちませんし、むしろ利用者に害をもたらします。検索と広告関連市場は既に競争が激しく、利用者も広告主も選択の幅が広いですし、囲い込まれてもいません。これらのシステムを公開してしまえば、アルゴリズムをだまし、検索結果や広告品質ランキングを人為的に操作することが可能になり、すべての人にとっての品質を低下させてしまうのは言うまでもありません。

ですからあなたたちが製品を作ったり新しい機能を付け足しているとき、いったん立ち止まって考えてみてください。「このコードをオープンソース化することによって、インターネットはよりオープンになるでしょうか。利用者、広告主および協力者の選択の自由を拡大してくれるでしょうか。競争やイノベーションの拡大に貢献するでしょうか。」そうであればオープンソース化するべきです。そしてオープンソース化するときはちゃんとやってください。単にそれを公にして、忘れてしまうということはしないでください。コードを管理して、他の開発者を取り込めるだけのリソースがあることも確認してください。我々がオープンに開発して、公開されたバグトラッカーとソース管理システムを使用したGoogle Web Toolkitはこの好例です。

オープンな情報
オープンスタンダードとオープンソースの基盤によって、今日のウェブ上には膨大な量の個人情報があふれています。写真、連絡先、近況アップデートなどが頻繁にアップロードされています。情報量が膨大であることおよびそれが永久に保存されうることによって、今まで考える必要も無かった課題が生じました。すなわち、この情報をどう扱えばいいのかということです。

歴史的に、新しい情報技術は新しい商売の形を可能にしてきました。地中海の商人が紀元前3千年頃に印鑑(bullae)を発明し、出荷した製品が途中で開けられることなく目的地まで届けられるように保証しました。この結果、商売はローカルなものから遠距離なものに変わりました。同様の革新は書き言葉の到来や最近ではコンピュータによってもたらされました。約束の遵守を保証する新しいタイプの情報野のおかげで、商取引のすべてのステップにおいて、トランザクション、すなわち関係各団体が何らかの価値を得る双方同意が促進されたのです。

ウェブ上では新しい商売の形というのは、何らかの価値と引き換えに個人情報を提供することです。この取引には毎日何百万人もの人が参加しています。そして潜在的には非常に大きなメリットがあります。数年前にはなかったGPS追跡技術から得られる情報により、自動車保険業者は顧客の運転技術をリアルタイムで確認し、安全運転に対しては割引(そしてスピードの出し過ぎには超過料金)を与えることができるかもしれません。これは比較的簡単な取引です。以下ではもっと注意を要するシナリオも考えます。

例えばあなたの子供がいくつかの薬に対してアレルギーがあるとします。コンピュータが埋め込まれた注射器がその子のカルテを自動的に読み取り、看護婦が誤って薬を投与してしまわないようなシステムをあなたは承認しますか。私なら承認しますが、手首に金属のブレスレットをつけるだけで十分とあなたは考えるかもしれません。それでいいのです。人はそれぞれ異なる判断をしますし、個人情報について言えば、我々はそれぞれの判断を同様に尊重しなければいけません。

より多くの個人情報をオンライン化するのはすべての人にとって有用ではあると思います。しかしその情報の利用に際しては、産業の変化とともに成長でき、責任ある、スケールアップできるような柔軟性をもった原則にしたがって、これを行わなければなりません。オープンな技術についての我々の目的はインターネットの生態系を拡大することでしたが、オープンな情報へのアプローチはこれと異なり、インターネット生態系と関わる個人(利用者、パートナーと顧客)との信頼関係を築くことが目的です。オンラインで最も重要な通貨は信頼であり、これを築くためにはオープンな情報の三原則に沿わないといけません。すなわち、価値と透明性とコントロールです。

価値
まず第一に、我々は利用者にとって価値のある製品を作る必要があります。多くの場合、利用者についての情報があればあるほど良い製品が作れます。しかし利用者が提供する情報の対価として、我々がどのような価値を提供するのかを理解してもらわないと、プライバシーの問題が生じます。そのような場合、その価値を説明してあげれば彼らは情報提供に同意してくれるでしょう。例えば、どのようなものを購入したかの履歴を何百万もの人がクレジットカード会社に提供していますが、これは現金を持ち歩く煩わしさから解放されるという利便性の対価として同意されたものです。

我々が3月に関心ベースの広告(IBA)を提供開始したとき、これはうまく出来ました。IBA広告によって、広告はより的確で有用なものになります。これは我々が収集する情報によって創造される付加価値です。また利用者のための設定管理ツールも含まれていまして、設定ツールの中では利用者にどのような価値が提供されるかが説明されています。また設定を変更したり利用を中止したりすることもできます。設定管理ツールを利用した大部分の人は、利用を中止せず、設定を変更しました。彼らは自分の興味に合わせてカスタマイズされた広告を受け取ることの価値を理解してくれたからです。

これが私たちのデフォルトのアプローチであるべきです:我々は利用者に対して、どのような情報を知り得たか、そして我々がそれを知っていることがどうして利用者にとっても有用かを、分かりやすい簡潔な言葉で説明しなければいけません。わざわざ利用者に説明するまでもなく、自分が作り上げた製品の価値は自明であるとお考えですか。それは多分間違っています。

透明性
次にすべての製品について、我々がどのような情報を収集し保存しているかを、利用者が簡単に調べられるようにしなければなりません。我々は最近、Googleダッシュボードでこれに向けて大きな前進をしました。Googleダッシュボードは、各Google製品(Gmail, YouTubeとSearchを含めた20以上の製品)にどのような個人情報が保管されているかを一カ所に集め、個人設定を変更できるものです。我々が知る限り、このようなサービスを提供しているインターネット企業は我々だけです。これが標準になることを期待しています。もう一つの良い例は当社のプライバシーポリシーです。弁護士だけでなく、一般の人間にも分かるように書いています。

これにとどまること無く、もっと透明性を高めるよう努力するべきです。あなたが個人向けの製品を管理していて、利用者の情報を集めているのであれば、その製品をGoogleダッシュボードに含めるべきです。すでにダッシュボードに掲載していたとしても、それで満足してはいけません。新しい機能を追加するたびに、バージョンを更新するたびに、ダッシュボードに追加できるような新しい情報(他のサイトに公開されている個人情報を含めて)があるかどうかを自分に問い直してください。

自分の製品の中での透明性を高められないかも考えてみてください。例えばAndroidのアプリケーションをダウンロードしたとします。そのアプリケーションがどのような個人情報もしくは携帯電話の情報にアクセスできるかをAndroidは教えてくれます。その情報を元にインストールを続けるか、中断するかを判断できます。あなたのどのような情報が暴露されるかを調べるのに探しまわる必要はありません。Androidはまず利用者にそのことを知らせ、判断を仰ぎます。あなたの製品もそうしていますか。どうやれば、透明性を高め、利用者をより魅了することができますか。

コントロール
最後に、私たちは常に利用者にコントロール権限を与えなければなりません。IBAの場合のように我々が利用者の情報を持っているのであれば、利用者自身がその情報を削除し、利用を中止することが簡単にできなければいけません。利用者が我々の製品を使い、我々のサーバにコンテンツを保管してくれている場合、それは利用者のコンテンツであって、我々のものではありません。利用者はいつ何時でもそのコンテンツをエキスポートしたり削除したりできなければいけません。それも無料で、なるべく簡単にです。Gmailは非常に良い例です。我々はどんなEmailアドレスへの転送も無料で提供しています。ブランドスイッチできるというのは必須の機能です。自分たちの製品の周りに壁を作るのではなく、橋を作りなさい。利用者には、真に意味のある選択肢を提供しなさい。

利用者のデータを取り扱うための既存のスタンダードがあれば、それに従いなさい。スタンダードが存在しない場合は、ウェブ全体の利益となるようなオープンスタンダードを作るように努めなさい。クローズドスタンダードの方が我々にとって利益があるように思えても、実際にはそうではないことを思い出しなさい。同時に、利用者がなるべく簡単にGoogle製品から離れられるよう、可能な手を尽くさなければなりません。GoogleはEaglesの歌の中のホテルカリフォルニアでは無いのです – いつでもチェックアウトできますし、ちゃんとその場を去ることができるのです!

Ericが2009年の戦略メモに記したように「我々は利用者を囲い込みません。簡単に競合にうつれるようにしてあげるのです。」この政策は、飛行機の非常口に似ています – パイロットでもあるCEOはこの比喩を喜んでくれるでしょう。それを使わなければならない日が決して来ないことを望んでいますが、それがあることで利用者は安心し、無ければ利用者は激怒します。

我々が – データ解放軍 (Data Liberation Front : dataliberation.org) – という、「チェックアウト」を簡単にすることが任務のチームを社内に持っているのは、このためです。データ解放軍の最近の仕事としてはBloggerとDocsがあげられます。Bloggerを去って他社のサービスを利用したい人は、自分のコンテンツを簡単に持っていくことができます。Docsの利用者は、自分の書類、プレゼンテーション、スプレッドシートをすべてZIPファイルに集めて、ダウンロードできます。データ解放軍が作業しやすいように、あなたたちの製品を作りなさい。一つの方法は利用者のデータをすべて解放する優れた公的APIを用意することです。バージョン2とかバージョン3まで待ってはいけません。製品計画会議の早い段階からこの議論をし、スタート時点からある機能にしなさい。

英国大手新聞のガーディアンデータ解放軍の仕事を取材したとき、「今までの企業間の戦いにおけるロックインという考え方に慣れた」人にとっては「直感に反する」と伝えました。確かにその通りです。古いMBA的な発想で凝り固まった人にとっては直感に反します。しかし我々がちゃんと仕事をやり遂げれば、直感に反しない日が来ます。私たちの目標は、オープンがデフォルトとなるようにすることです。人々はオープンに自然に引きつけられていくでしょう。そしてそれを期待し、要求し、手に入らないときは激怒するようになるでしょう。オープンが直感的になる日が、我々が成功を収めた日となるのです。

大きければ大きいほどよい理由
クローズドシステムは良く知られていて利益があがります。ただし、それをコントロールする人だけの利益です。オープンなシステムは混沌としていて利益があがります。ただし、そのシステムを理解し、誰よりも早く行動できる人だけの利益です。クローズドシステムは早く成長します。それに対してオープンシステムはゆっくり成長します。ですからオープンシステムに賭けるには、長期的展望に立つために必要な楽観的精神、意思、そして手段が必要です。幸いなことに、Googleではこの三つがそろっています。

我々にはリーチの広さ、技術のノウハウ、大規模プロジェクトへの渇望がありますので、大きな投資と必要とし、かつ短期的な明確なリターンが無いような大プロジェクトに挑戦できるのです。我々が世界中の道路を撮影しているおかげで、千マイル遠くは慣れた地点からでも、引っ越しを検討しているマンションの近隣を調べることができます。我々は何百万もの本をスキャンし、広くアクセスすることが可能にしています(出版社と著者の権利に配慮しながら)。他のサービスでは数百メガバイトしか提供していないのに、我々は1ギガバイト(今では7ギガバイト)の容量を無償で提供するメールシステムを作り上げることができます。我々は51の言語で書かれたウェブページを瞬時に翻訳することができます。我々は検索データを分析し、公的衛生機関がインフルエンザの発生をより早く探知できるのを手助けできます。我々はより高速ブラウザ(Chrome)、より優れたモバイルオペレーティングシステム(Android)、そして全く新しいコミュニケーションプラットフォーム(Wave)を作り上げ、そして世界の誰もがそれを土台とし、カスタマイズし、そして改良できるようにオープンにできるのです。

これらのことができるのは、それが情報についての課題であり、我々はその課題を解決するのに必要なコンピュータ科学者、技術、そして計算処理能力を持っているからです。そして我々がこれらの課題を解決すると、さまざまなプラットフォーム – ビデオ、地図、モバイル、PC、音声、エンタープライズ – がより良くなり、競争が激しくなり、イノベーティブになります。我々はしばしば大きすぎると非難されることがあります。しかし大きいからこそ、我々は不可能に挑戦することができるのです。

しかし我々がオープンであることに失敗すれば、すべてが無駄です。ですから、常にオープンになるように自分たちに言い聞かせなくてはなりません。我々は業界に役立つようなオープンスタンダードに貢献していますか。我々が自社のコードをオープンソース化できない理由は何ですか。我々は利用者に価値と透明性とコントロールを提供していますか。なるべく頻繁に、なるべく多くをオープンにしなさい。そしてその是非を問う者がいたら、オープンにすることのメリットを説明してあげるだけでなく、オープンにすることが最善であることを説明してあげなさい。オープンというのはまだ始まったばかりの21世紀のビジネスとコマースを変革するアプローチです。そして我々がオープンを広めることに成功すれば、これから数十年間のMBAのカリキュラムが書き直されるでしょう。

オープンなインターネットは世界中の人々の暮らしを変えます。すべての人の手元に世界中の情報を届け、すべての人に言論の自由を与える可能性を持っています。以前にインターネットの将来に関する私のビジョンをメールで送りましたが(そして後にブログにも掲載しました)、その中にもこの予想が含まれていました。しかし今はビジョンの話をしているのではありません。アクションについて話しています。オープンなインターネットを阻害する抵抗勢力を忘れてはいけません。アクセスを管理する政府、自分の利益のために現状を維持しようとする企業などです。彼らは強力です。もし彼らが勝ってしまえば、インターネットは断片化され、停滞し、価格は高く、そして競争が少なくなるでしょう。

我々のスキルとカルチャーを持ってすれば、こうなってしまうのを防ぐことができますし、防ぐ責任があります。技術は情報を提供する力があると信じています。情報は、善を施す力があると信じています。そしてこの善がなるべく多くの人の生活に影響を与えるためには、オープン以外に道はないと信じています。我々は技術の可能性を楽観視しており、オープンによって生じる混沌は、すべての人に利益をもたらすと信じています。そして機会があれば、オープンを押し進めるように戦います。

オープンは勝利します。まずインターネットで勝利し、次に生活の多くの方面に広がっていくでしょう。例えば政治の未来は透明性です。商取引の未来は情報の対称的な行き来です。文化の未来の自由さです。科学と医学の未来はコラボレーションです。エンターテイメントの未来は参画です。ここに紹介した未来の姿は、いずれもオープンなインターネットが前提です。

グーグル社のプロダクトマネージャーとして、我々が死んでも存続し続けるものをあなたたちは作っています。また我々の誰一人として、グーグル社がどれほどに成長し、人々の生活にどれだけ影響を与えるかを想像し尽くせる人はいません。そう考えると、どれだけのネットワークが「インターネット」に加わるかを正確に把握できず、デフォルトをオープンとした盟友、Vint Cerfと我々は同じです。Vintは誰が見ても正しかったのです。我々もきっと正しいと信じています。

iPadのこわさは、他のどの会社も真似できないものを作ったこと

アップデート

John Gruberのブログを読んだら、実際にiPadを触った多くの人の感想を知ることができました。特にすごかったのはスピードだったそうです。会場のみんながとにかくスピードをたたえていたそうです。
iPadのCPUは何でしょうか?Apple社が独自に設計/製造したA4というCPUです。他社はこのCPUを使うことはできないのです。これも、他社がiPadを真似できない理由となるでしょうね。大きな理由に。

iPadが発表されてそろそろ丸一日が経ちますが、いろいろな記事も出てきました。Twitter上でも話題になっています。高いとか安いとか、パソコンの変わりになるとかならないとか、Kindleに勝てるとかどうか。それぞれの面白い話題ですけど、僕はかなり別の角度からとても興味を持っています。それは前のブログにも書きましたが、アップル社の垂直統合モデルのすごさを見せつけられたという点です。そしてしばらくはどこのメーカーも同様な製品が作れないだろうという点です。

アップル社の垂直統合というのは、CPUからハードの組み立てからOSからアプリケーションソフトからオンラインショップまでのすべてをアップル社が持っているということです。そしてiPadにおいてはこのすべてのアップル社製になっています。アプリケーションソフトは確かに3rdパーティーが作ったものが非常に多いのですが、その流通チャンネルをアップル社が完全に握っているという意味ではやはり垂直統合モデルの一部と考えても良いと思います。

そしてこの垂直統合モデルのおかげで、イノベーションが非常に加速されています。iWorkというオフィススイートはiPad用に書き直されましたが、おかげで9.7インチスクリーンとマルチタッチに最適化されたユーザインタフェースになっています。ビデオを見ると分かりますが、感動的です。マック版のiWorkを使っている僕としてはとても悔しくなるぐらい、iPad版のiWorkは機能と操作性が充実していそうです。メールや写真を管理するアプリも非常に高度にiPadの仕様に合わせて最適化されています。こういうことはハードとOSとアプリケーションソフトを一社で作っているアップル社ならではのことです。

例えば話題のネットブックですが、AsusやAcerなどの台湾メーカーはハードを非常にがんばって作っています。どんどん性能の高いものを、安い価格で販売し、市場シェアを拡大しようと画策しています。彼らは既存メーカーのHPやDELLから市場シェアを奪いたいので、非常に積極的です。

しかしCPUを作っているIntelとOSを作っているMicrosoftはネットブックの台頭を喜んでいません。それぞれに非常に細かいルールを決めて、既存のラップトップと競合するような高性能のネットブックが登場しないように規制しているのです。例えば10インチのスクリーンサイズを越えるもの、あるいはRAMが1G byteを越えるものについてはAtomを供給しなかったり低価格のWindows XPを提供しなかったりという戦略で、ネットブックがCore 2 DuoやWindows Vista / 7の売上げをカニバライズしないように制限したのです。このようにネットブックに関しては、PC組み立て屋さんとパーツ屋さんとでは完全に同床異夢の状態だったのです。

アップル社以外のすべてのPCメーカーは水平統合のバリューチェーンを組んでいます。しかし水平統合をしていると、関連企業の思惑の不一致によりイノベーションが阻害されてしまうことがあります。ネットブックがまさにその好例なのです。

そこで問題になるのは、アップル社以外のパソコンメーカーがすべて水平統合のバリューチェーンしか持たない今、垂直統合モデルによって作り上げられたiPadの競合となりうる製品が果たして生まれるのか、そして生まれるとしたらそれは何年かかるのかということです。

特に問題なのはワードプロセサーと表計算ソフト、プレゼンテーションソフトのいわゆるオフィス系ソフトです。いまのところWindowsの世界で使われているオフィス系ソフトはほとんどマイクロソフトオフィスだけです。Google Appsという選択肢はありますが、まだまだ一般化している状態ではありません。そしてフリーのOpen Officeなどもありますが、無料だという以外には魅力のない製品です。ですからiPadに十分に対抗できるような製品(iWorkが使えるという意味で)を作るには、やはりマイクロソフトオフィスを載せることが、少なくともここ数年のスパンで見たときには必要になります。

その一方でiPadに対抗する製品に載せるべきOSはどれかといえば、いまのところ最有力なのはAndroidではないでしょうか。Androidはスマートフォン向けのOSとして開発されていますので、タッチインタフェースに最適化されていますし、小さい画面にも向いています。電力消費にも気を使っているはずです。iPadがMac OS XではなくiPhone OSを採用していることからも分かりますように、iPadライクな製品にはスマートフォン向けのOSが適しているのです。

しかし、マイクロソフトがAndroidで動くようなマイクロソフトオフィスを果たして開発してくれるでしょうか。答えは明白です。絶対に作ってくれるはずはありません。Android OSをベースとしたiPadが発売されるとしたらば、オフィスアプリは間違いなくGoogle Appsです。そうするとクラウド型のソフトであるGoogle Appsがどれぐらい早く成熟するか、デスクトップアプリケーションとおなじ安心感を与える存在になるかがポイントです。Googleはこれをやってのけるかもしれません。でもかなり未確定です。

そうなると、なんだかいつもの話に戻ってしまうのですが、iPad対抗製品に載せるOSはWindows系しかあり得なくなってしまいます。しかしタッチインタフェースと10インチ以下のスクリーンサイズということになると、それはWindows 7ではなく、いまのところ姿がはっきりしないWindows Mobile 7となるでしょう。Windows Mobile 7は2月15日から始まるMobile World Congressで披露されるという噂もあるみたいですが、まぁ実際のところどうなるか分かりません。はっきり言えることは、ぱっとした実績のないWindows Mobileシリーズに賭けなければならない状況というのは、実に危ういということです。

考えてみれば、2年半前に発売されたiPhoneに対抗できる製品を開発するまでにGoogleでも2年遅れました(アンドロイド社を買収したのは実際には2005年なので、開発には相当な年月がかかっています)。マイクロソフトはまだiPhoneに対抗できるOSを開発できていませんし、Windows Mobile 7は全面的な書き直しだという話もあるのでうまくいくかどうかはっきりしません。それに加え、iPadはiWorkの書き換えを含みますが、マイクロソフトがオフィスを書き直すのに必要な時間も相当にかかるでしょう。Mobile Office 2010という製品は開発途中でβ版も無料でダウンロードできるようですが、ビデオを見る限りあくまでも小さい画面のスマートフォン向けのものであり、とてもとてもiPadのiWorkに相当するものではありません。

そういう状況の中、結局はWindows 7とタブレットPCという、既にある組み合わせしかないという気もしてきますが、タブレットPCというのは大きさにしても価格にしても既存のラップトップPCです。必要なときにタブレットとしても使えますというだけのことです。iPadの価格はこれらの1/4。重さも半分かそれ以下です。これもダメです。

だらだらと書きましたが、要するにiPadと対抗できる製品を確実に作れるメーカーは、パソコン業界広しといえども見当たらないということです。iPadのすごいのは、アイデアがすごいのではなく、アップル社以外に作れないのがすごいのです。もしすべてがうまくいったらGoogleもしくはMicrosoftが数年間のうちにiPodに対抗する製品を作れるかもしれません。でも現時点はあまりにも不確実です。普通に考えたら、iPadと対等な製品を開発するのに5年はかかるのではないでしょうか。そのときはもちろんiPadも進化しているはずです。

iPadがどれだけ売れるかはまだ分かりません。でもかなり売れる可能性もあります。売れるとしたら、その市場セグメントはしばらくアップルが何年間も独占します。iPhoneがスマートフォンを席巻しているよりもさらに激しく、そのセグメントを独占してしまうでしょう。そういう大きな構造変化を起こしてしまう危険性を、iPadは持っていると思います。

iPadを見て思った、垂直統合によるイノベーションのすごさとアップルの宿命

iPadが発表されました。売れるかどうかは別としても、いろいろ考えさせられる製品であることは間違いないと思います。今思っていることをメモ程度に書き留めておきます。

垂直統合だからこそ可能なイノベーションのすごさ

iPadに見せつけられたのは垂直統合によるイノベーションのすごさだと思います。今回、アップルはCPU周りも作っているそうです(A4というらしい)。そうなるとアップルはCPUからハードの組み立て、OSからアプリケーションソフト、小売店からオンラインストアまで、バリューチェーンのほぼすべての要素を自社に統合していることになります。同じ市場にいるどの会社を見ても、このうちの数分の一しかカバーしていません。アップルの垂直統合の度合いは圧倒的に突出しています。

製品の性能がまだ未成熟な、市場の発展段階においては垂直統合が優れています。これはイノベーションの研究で知られているChristensen氏が述べていることです。どうして垂直統合が重要かと言いますと、最終製品の性能を可能な限り引き出すために、お互いのパーツを絡めたチューニングが必要だからです。例えばiPadの場合は電池の持ちが重要な課題になりますが、そのためにはハードとOS、アプリケーションソフトウェアのすべてが、パワーを消費しないように設計されている必要があります。

またマルチタッチを使った操作についても、ハードとOS、そしてアプリケーションが最適な操作性を確保するためにデザインされている必要があります。iPad用に開発されたiWorkのデモを見ると、このすごさが分かります。PC用のものを単純に移植したのではなく、マルチタッチ用にとことん最適化されたインタフェースはやはり桁違いに素晴らしそうです。

イノベーションを宿命づけられたアップル

一方製品の性能が成熟してしまうと、重要なのは最終製品の性能ではなくなり、同じ製品を如何に安く作るかになります。こうなると各パーツを高度にチューニングする必要は無くなりますので、各部品メーカーから納入されたものを単純に組み合わせれば良いだけになってしまいます。チューニングはコストを押し上げる要因になり、排除されます。組み立てを行うメーカーは利益が出にくく、変わりにパーツを作っているメーカーに利益が回りやすくなります。ウィンドウズパソコンの状態がまさにこれで、DELLとかNECには全然利益が行かず、マイクロソフトとインテルだけが潤うという構図です。

Christensen氏はPC産業もいずれは成熟するだろうから、早晩アップルの垂直統合モデルもうまくいかなくなり、そしていずれ過去と同じような衰退期を迎えると考えているようです(そんなことを言っているビデオがネットにありました)。ただ恐らくSteve Jobs氏は誰よりもこのことがわかっていて、古い製品をいち早く捨て(売上げの絶頂期であっても)、新しい製品にカニバライズさせたりしています。iPodとiPhoneの関係などはこの好例です。

その一方で、誰もが成熟してしまったと思っている産業に新しい息を吹き込むこともアップルはやってきています。例えばiPhoneが参入する前の携帯電話産業(特に日本)は成熟期にさしかかっているように見えました。ワンセグとかお財布携帯とかの機能を付けたり、いろいろなデザインに走ったり、確かに新製品は出ていました。しかし電話の本来の機能である「コミュニケーションのためのデバイス」としての役割については、新しいアイデアが出ていなかったように思います。iPhoneはこの停滞した雰囲気を全く変えてしまったのではないでしょうか。

また2000年代の初め、Windows 95の熱が冷め、インターネットも一通り普及し終わった頃、もうパソコンはいらないという空気が流れていました。DELLが安売りPCで絶頂を極めていた頃です。もう産業としては成熟し切ったので、後は製造コストを安くできるメーカーが勝ち残るという産業構造です。そのとき、Steve Jobsは”Digital Hub”戦略を発表しました( YouTube このビデオは必見)。パソコンの黎明期を作ったSteve Jobsだからこその素晴らしい歴史観です。その戦略に基づいてiTunesやiPod、iPhotoが開発され、そしてパソコン産業はデジタルメディアを管理するプラットフォームとして生まれ変わったのです。新しい成長が生まれたのです。”We don’t think that the PC is dying. We think that it’s evolving.”

Christensen氏は半分正しいのです。PC産業が成熟すればアップルのような垂直統合モデルは立ち行かなくなります。それをさせないためにアップルは次から次へと新しいビジョンとイノベーションを生まなければなりません。これができないと、Jobs氏がいなかった 1985年から1996年のころのアップルと同じ状態になってしまいます。その一方で垂直統合モデルはビジョンとイノベーションを生むのに適しています。ですからなんとか成り立ちます。アップルは垂直統合モデルが可能にする非常に早いイノベーションをし続けることによって、かろうじてInnovator’s Dilemmaを逃れているのです。

iPadのプレゼンテーション( apple.com, iTunes Music Storeのポッドキャストもあります) の中で、Steve JobsもScott Forestallも「ウェブを見るならPCよりiPadが断然良い」と繰り返しています。iPadのウェブサイトでは、「ウェブ、メール、写真、ビデオを体験する最高の方法。何の迷いもありません。」という見出しまで出ています。マックをカニバライズするよという公然としたメッセージです。普通にパソコンを使うのなら、もうマックを買わなくていいよ。半分の値段のiPadを買った方が断然良いよ。値段も安いけど、使い勝手もiPadの方が良いよ。CEOがそう言っているのです。これほどのカニバリゼーションを平然と行うこと、これがイノベーションをし続けなければならないアップルの宿命なのです。

アップデート

  • Christensen氏の研究をうまく紹介しているサイトがありました。ここ。でも本当はなるべく多くの人に彼の著書を読んでほしいです。
  • 日本のメーカーがどうして問題に直面しているかを考える上でも参考になると思います。日本のメーカーは垂直統合の構造になっているにもかかわらず、イノベーションで勝てなくなっています。ビジョンだけでなく勇気が必要です。構造が似ていますので、悲しいまでにイノベーションを続けるアップルを参考にするしかありません。
  • ちなみに国内スパコンの議論も、Steve Jobsのいなかったアップルを彷彿させますね。価値を生んでいない垂直統合という意味で。

日本のイノベーションに必要なのは、大学が優秀な人材を民間に吐き出すこと

1月1日なのに、大晦日に届いた Elhanan Helpman著 “The Mystery of Economic Growth”を読んでいます。

まだ読んでいる途中なんですが、すごく強く思ったことがありますのでここに書き留めます。

日本のイノベーションに必要なのは、博士を民間に吐き出すことです。日本のアカデミアに国民が税金を払う必然性はここにしかないと思います。もしも日本の大学などがアカデミアの人材しか排出しないのであれば、それは世界全体のイノベーションには貢献するかもしれませんが、日本の産業を有利にするものではありません。

どういうことかと言いますと、アカデミアは基本的に成果を世界中にシェアしますので、日本の研究者の成果は世界の誰もが利用できます。日本国民の税金で行われた研究であっても、中国の企業が利用できるのです。特許による保護は多少あったとしても、通常、これは限定的でしかありません。つまりアカデミアでどんなに高いレベルの成果を出しても、それだけでは日本の産業は有利になりません。逆に日本の産業界は米国で行われた研究の成果を利用できます。

アカデミアの研究はこのように世界共通の知識プールの中に入っていきます。世界の誰もがこれにアクセスできます。世界共通の知識プールに大きな貢献をすることは、名声を高めるという意味では大きな効果がありますが、直接的に特定の国の産業を有利に働きません。

問題は、この世界共通の知識プールからどこが最も大きな利益を得られるかです。最も大きな利益が得られるのは、この知識プールをいち早く理解し、産業に応用できる企業であり国家です。そしてこの担い手は、企業に勤める研究員です。研究員のレベルが高く、アカデミアで行われている研究の成果をいち早く理解し、いち早く実用化できる企業こそが世界共通の知識プールの成果を有利に活用できるのです。

ですから日本国家としては「世界一の研究成果を日本が生み出すこと」を目標に投資するべきではありません。あくまでも日本の産業界の研究を高めるために国内のアカデミアが存在すると認識する必要があります。日本の産業界に優秀な人材を送り出すこと、そしてその人材がアカデミアの最先端に常に触れられるようにしてあげることが重要だと思います。世界一レベルの研究を行うことが間接的に日本の産業界の活性化につながることはもちろんあります。でもあくまでもこれは間接的であり、自動的に行われるとは考えない方がいいでしょう。

繰り返します。世界共通の知識プールに日本の大学などが貢献することは、日本の産業の競争力を高める結果に直接つながりません。直接つながるのは、知識プールをいち早く利用できる国内企業研究者の育成です。日本の大学研究のレベルが高ければ高いほど、間接的にこの目的が果たされることは確かなので、大学研究のレベルを高めておくことは重要ですが、それはあくまでも手段の一つに過ぎず、十分条件とはならないと認識するべきです。

日本を選択的に有利にするという意味においては、最先端の研究をすることが日本のイノベーションを生むのではありません。最先端の研究の成果(世界のどこのものであっても)を日本の産業に応用することが日本のイノベーションを生むのです。

今はとりあえずここまで。後でもう少し私の考えを整理します。

極論注意

日本の大学院重点化政策やポスドクを増やす政策などのおかげで、それまでだったら修士で民間に行っただろう優秀な人材がアカデミアにずっと残るという事態が起きています。これは日本のイノベーションに重大なマイナスになっているかも知れません。博士の就職難なんて言っていますけど、そんなレベルの話では無いかもしれません。僕の言わんとしているのはこんなところです。