次世代シークエンサーは結局ABIか

The Scientistという雑誌でTop Innovations of 2008が発表され、ABIのSOLiDシステムが一番になりました。

さて、僕は市場に最初に出た454 Life Sciences社の次世代シークエンサーをロシュ経由で国内で発売開始するときに多少関わっていました。そこでそのときの社内の雰囲気を紹介しながら、お金でベンチャーを買っただけではなかなかトップの会社には勝てないことを話したいと思います。またトップの会社が入れ替わるようなイノベーションについて研究していることで有名なClayton Christensen氏の理屈を簡単に紹介したいと思います。

ただし、僕は最近の次世代シークエンサーの動向はほとんどフォローしていませんので、現時点でどの技術が勝ちそうかは全く判断がつきません。予めご了承ください。ただ、どの技術が勝つかということと、どの会社が勝つかというのは全く別だということにも注意してください。

ロシュが454 Life Sciences社の次世代シークエンサーを導入し、一気にDNAシークエンシング市場に乗り込もうとしたのは2005年の中頃です。また2007年の3月には454 Life Sciences社を1億4,000万ドルで完全に買収しました。454 Life Sciences社の従業員167名も完全統合しました。この167名は大部分が研究開発に関わっていたと思われますが、当時のロシュのバイオサイエンス部門の研究開発部門は大きくなく、454 Life Sciences社の統合でR&Dの人員は最低でも2倍に、僕の推測では3倍になったと思います。

プレスリリースにも書かれていますが、454 Life Sciences社の技術は確かに革新的なものでした。2005年にはウォールストリート・ジャーナル紙の2005年度トップ技術革新賞(top Innovation Award for 2005)を受賞し、2006年には米国技術情報誌「R&D」選による、最重要技術製品賞を受賞しました。

一方でABIのSOLiDはまだ製品化されておらず(受注開始は2007年10月)、IlluminaのGenome Analyzerは出て来たばかりでした(Solexaが一般に販売を開始したのは2007年)。

そのような状況の中、2005年および2006年のころのロシュの雰囲気はイケイケどんどんでした。「ABIの社員はもうがっかりしていて、アメリカではロシュに転職したがっている」とか「ABIには次世代シークエンサーの戦略がなさそうだ」とかいう話がしょっちゅうされていました。そしてロシュこそがDNAシークエンス市場でトップシェアを奪うだろうということが、経営者レベルでは言われていました(現場では違います。現場は世間知らずではありませんでした)。

そもそもロシュが454 Life Science社の技術導入をした背景には、DNAシークエンス市場の大きさがあります。DNAシークエンス市場は単独分野としてはライフサイエンスで最大のものであり、世界で1000億円規模です。ライフサイエンスで一番大きな市場でナンバーワンにならなければならない。そういう意識がロシュの経営者にあったと私は感じていました。

ロシュのライフサイエンス製品の大部分はベーリンガーマンハイム時代から引き継がれたもので、研究者に非常に愛用されているものが多くあります。しかし個別分野で見れば世界で高々100億円規模のものがほとんどで、ロシュのような巨大企業からみればアリのように小さなものです。製薬部門が絶好調で資金が余っているロシュとしては、ここで大きく出たかったのでしょう。DNAシークエンサー市場の1000億円のうち、将来的に最低でも半分の500億ぐらいは年間に売り上げたい。そう思ったに違いありません。

ちなみに製薬企業であれば従業員一人当たり、5,000万円以上を売り上げるというのが一般的だと思います。したがって454 Life Sciences社の167名を抱えるだけで、80億円を売りたいという計算になります。実際にはR&D費は全売上の高々20%というのがライフサイエンス業界では一般的ですので、ロシュの期待としては400億円程度を売り上げたかったのではないでしょうか。つまり40%の市場シェア。非常におおざっぱな計算ですが。

しかしSOLiDがTop Innovations of 2008に選ばれることなどからわかりますように、ロシュと454 Life Sciencesのテクノロジーは徐々に影が薄くなってきています。最近では真っ正面からのマーケティングスローガンではなく、固有のスペックに絞った宣伝文句になってきました。僕自身、技術動向に詳しい訳ではないので断言はできませんが、ロシュの当初のもくろみのような大きなシェアは、結局は奪えないのではないかと予想されます。最後はやはりABIというところで落ち着きそうな気がします。

ではどうしてこうなったのか、この結果は最初から予想できたかを考えたいと思います。そのときにはClayton Christensen氏の理論が大いに役立ちます。Clayton Christensen氏はThe Innovator’s Dilemmaという本で有名になり、イノベーションがどのように市場を変えていくか、どういうときに市場がひっくり返るかについて深く考察しています。

非常に興味深いのは、イノベーションが市場シェアをひっくり返すかどうかは技術の革新性によるのではなく、マーケットリーダーが反応できるかどうかにかかっているとしている点です。またマーケットリーダーが反応するかどうかは経営陣の有能さにかかっているのではなく、市場の力学によるのだとしています。そして市場をひっくり返すようなイノベーションは通常、低価格帯から高価格帯にシフトしながら起こると説いています。

例えばパソコンなどが良い例です。パソコンが出現する前はIBMなどが大型コンピュータをビジネス用に販売していて、競争相手を全く寄せ付けないほどの強さを誇っていました。そしてパソコンが出現してもなかなかそれに投資しませんでした。なぜかというとそんな低価格なものを売って大型コンピュータの代替をさせるより、大型コンピュータの性能を次から次へと高めて、これをたくさん売った方がよっぽど儲かるからです。IBMがMicrosoftの巨大化を許したもの、IBMがパソコンのプロジェクトにほとんど投資せずに、当時まだ非常に小さかったMicrosoftにアウトソーシングをせざるを得なかったからです。

気づいたときにはパソコンやUNIXのワークステーションの性能がどんどん高まって、大型コンピュータを代替できるレベルに達していました。しかし時は既に遅く、パソコンの覇権はIBMではなく、CompaqやMicrosoftに移ってしまっていました。IBMはパソコンやサーバを販売しているその他大勢の会社の一つに成り下がり、そしてついにはパソコン部門を中国のLenovoに売ってしまったのです。

それに対して、イノベーションが市場をひっくり返せない例もChristensen氏は紹介しています。航空会社です。格安の航空会社は何十年も前からたくさん出現しています。一部はある程度の成功を収めていますが、いまだにトッププレイヤーとなったことはありません。

Christensen氏は、これは主要航空会社が迅速に反応するためだとしています。航空会社の利益は搭乗率をいかに高めるかに関わっているため、高級化・高性能化で利益を高めていくことができません。格安航空会社が出現して乗客を失えば、搭乗率はたちまち低下して利益が下がってしまいます。お金持ちの高級志向の顧客をいくら引きつけて、彼らに高い料金を払ってもらっても、搭乗率が低ければ儲からないのです。実際に、主要な航空会社は格安航空会社の出現に反応し、トッププレイヤーは価格競争に参戦し、そしてどちらかが破綻するまで骨肉の争いを続けています。

Christensen氏によれば、既存のトップシェアの企業がこのように反応すれば、どのように革新的なイノベーションであっても市場をひっくり返すにはいたらないとしています。実際、どんなに特許でイノベーションを守ろうとしても、体力のある既存企業が本気で開発をすれば必ずまねをされてしまいます。重要なのは技術の革新性ではなく、トッププレイヤーが本気になるかどうかです。

DNAシークエンシングの場合、ロシュはいきなりABIのメイン顧客、超ハイスループットの顧客を狙いました。ABIとしても、これは最も収益があがる、何よりもメンツに関わる顧客層です。ABIとしては絶対に無視できない、絶対に奪われたくない顧客です。大幅な赤字を出してでも、また大量の研究開発資金を投じてでも守ろうとする顧客です。だからABIは多少時間はかかりましたが、確実に反応しました。そしてABIが本気になってしまえば、454 Life Sciences社の技術がどんなに優れていようと結果は見えていたのです。

まとめるとこういうことです

新規参入で成功したいのであれば、既存の企業が反応しないような参入の仕方をしなさい。通常、これはローエンド市場から入ることを意味します。そしてこのローエンドは、既存のトッププレイヤーとしては捨ててもいいと思っているローエンド市場でなければなりません。既存の企業が高級化路線で逃げられるようにしておきなさい。そしてローエンド市場で十分に力を蓄え、初めてメインストリームの市場に参入するべきです。

思えば日本の自動車メーカーが米国で成功したのはこのシナリオです。小さくて、パワーがなくて、壊れやすい車しか作れなかった日本のメーカーは、ビッグ3には軽蔑されながらも、それでも少しずつ力を蓄えました。その間に、小さい車を買う顧客なら魅力を感じるような低燃費技術を開発しました。ビッグ3はダイレクトに日本メーカーと戦うよりは、高い金で大型車を買う顧客に集中した方が儲かると考え、低燃費技術に本気になりませんでした。世の中が変わって、低燃費が重要になってしまったころにはもうビッグ3は対抗できなくなっていたのです。

札束にものを言わせて、いきなりトッププレイヤーを引きずりおろそうとしても、そうは簡単にはいかないのです。背面から攻撃を仕掛けないと、力のあるプレイヤーにはなかなか勝てません。

成功する会社は良いアイデアを潰せる

今回もBob Suttonのブログから。

Steve Jobsは次のように語ったそうです。

The thing I remember best was that Jobs advised them that killing bad ideas isn’t that hard — lots of companies, even bad companies, are good at that. Jobs’ argument went something like this: What is really hard – and a hallmark of great companies – is that they kill at lot of good ideas. Sure, this is tough on people who have come-up with the good ideas as they love them and don’t want to see them die. But that for any single good idea to succeed, it needs a lot of resources, time, and attention, and so only a few ideas can be developed fully. Successful companies are tough enough to kill a lot of good ideas so those few that survive have a chance of reaching their full potential and being implemented properly.

私が一番良く記憶しているのは、Steve Jobsの以下のアドバイスです。悪いアイデアを潰すのは難しくありません。悪い会社を含めた多くの会社でこれはできています。非常に難しいのは、そしてこれは優れた会社の特徴ですが、多くの優れたアイデアを潰すことです。良いアイデアを思いついて人にとって、これはつらいことです。自分が愛しているアイデアが潰されていくのは見たくありません。しかし、一つの優れたアイデアが成功するためには多くのリソースと時間と注意が必要です。ですから、十分に時間をかけられるのは少数のアイデアだけです。成功している会社はたくさんの優れたアイデアを潰すだけの勇気を持っていて、生き残った少数のアイデアが潜在的ポテンシャルを十分発揮し、正しく実施されるようにできるのです。

これには全く同感です。同時に昨日ブログに書いたように、非常に多くのアイデアを出すことの重要性も感じています。非常に多くのアイデアを生み出して、そして良いアイデアを含めて非常に多くのアイデアを潰していく過程がイノベーションには必要です。

通常はそのいずれかがおかしくなって、バランスが崩れます。

私が製薬企業に入社した1994年は、一般企業のバブルははじけていたものの、製薬企業のバブルはまだまだ膨らんでいました。各企業は最高益を更新し、研究開発においては非常に高い自信を持っていました。いつかは世界の大手製薬企業に飲み込まれ、日本の企業の淘汰が始まると言われていたものの、それが実際に始まる様子はありませんでした。

私が入社した協和発酵を含めた多くの企業は、この環境の中で多角化戦略を取りました。事業の多角化もそうですが、創薬だけをとってもターゲットする疾患の数が膨らみました。さらに分子生物学や構造生物学などの基礎研究にも積極的に取りかかり、気がつくと縦方向(基礎から応用)にも横方向(対象疾患の数)にも研究分野が広がっていました。これはSteve Jobsがいう、良いアイデアが潰せない状況です。

一方、製薬企業のバブルがようやくはじけた2000年前後になると、今度は極端な選択と集中が行われます。対象疾患を大幅に絞り込み、さらに基礎分野を大幅に減らしました。一見、これはSteve Jobsのいう良いアイデア潰しに見えますが、大きな問題がありました。というのは、ここまで絞り込みをした結果、発想力のある人間が力を発揮する場所がなくなってしまったのです。本来は選択と集中によって、極少数の生き残ったアイデアに優秀な人材と創造力が集中し、これが豊かに花開かなければいけません。しかし極端な選択と集中によって、アイデアが生まれる土壌すら枯れてしまい、生き残ったアイデアを膨らます補助的なアイデアも生まれない環境になってしまったのです。

大切なことは、勇気を持ってアイデアの絞り込みをしつつ、依然として様々なアイデアが涌き上がる環境を持続するでしょう。そのためにはアイデアやイノベーションが生まれる過程について十分に理解を深め、注意しながらバランスを保つことが重要だと思われます。アイデアがこんこんと涌き上がる環境を維持しつつ、適切な時期に適切な数までに絞り込みを行うことです。

さて、バイオの買物.comもそろそろアイデアの絞り込みをしないといけない時期に来ました。リソース不足でまともにサポートできない機能があり、それが放置されてしまっています。年内には大幅に見直す予定です。それについてはまたの機会にお話ししたいと思います。

アイデアが生まれる過程:600の思いつきから18の作品まで

Bob Suttonのブログに、良いアイデアを得るまでに必要な失敗作の数について、具体的な数字が書かれていました。

創造的なアイデアを作り出す人や組織が失敗を恐れず、日常の一部として捉えていることの例です。

紹介している例は1) おもちゃメーカーと 2)お笑い です。

1) おもちゃメーカー IDEO
1998年において、10人以下の社員が4,000のアイデアを生み出し、そのうち230はプロトタイプ化し、最終的に製品になったのは12個。

“You can’t get any good new ideas without having a lot of dumb, lousy, and crazy ones. Nobody in my business is very good at guessing which are a waste of time and which will be the next Furby.”

「新しくて良いアイデアを得るには、アホらしく、全くだめで、気違いじみたアイデアをたくさん出さなかればならないんだ。このビジネスでは、どのアイデアが時間の無駄で、どれが大成功するかを予測できる人はいないよ。」

2) お笑いニュース番組 The Onion
毎週のヘッドラインのネタ 18個を得るためには、普通600のネタを提案するそうです。この工程を紹介したポッドキャストもあります。
The Onionの白板はこんな感じだそうです。

僕自身はブレーンストーミングのファシリテーションをするときは、なるべく自分からばからしい提案をするようにします。自分が先に失敗をしてみせることによって、失敗しやすい雰囲気を作り出すのです。

日本のように上下関係をどうしても意識してしまうような文化圏では、上司の方から失敗してあげること大切です。変なプライドを持っている人だとできませんけどね。

アップルがなぜコンセプト製品を作らないか

MacやiPod、iPhoneを作っているアップル社がなぜコンセプト製品を作らないかについて書いているブログがありましたので紹介します。
Why Apple doesn’t do “Concept Products”

ポイントとしては;

  • GM, Microsoft, Nokiaを含めた多くの会社は、現実や経済性とはかけ離れた、全く発売する気のないコンセプト製品を作っています。
  • それにも関わらず、Microsoft, Nokiaはこのコンセプトを製品にできていません。TiVo (アメリカで人気の自動学習テレビビデオレコーダー)、iPod、iPhone、OS X、iTunes App Storeなどのように、わくわくするような新しいコンセプトの製品を具現化することができていません。
  • コンセプト製品の意義としてよく言われるのは、企業イメージの向上、デザインの実験、社員の士気の向上、市場の操作、トライアルアンドエラーなどなど。
  • その一方で、最もイノベーティブな会社の一つとされるアップルは、コンセプト製品を全く作りません。少なくとも80年代の後半に作られたKnowledge Navigator以降は。
  • “Real artists ship”: 「真の芸術家は作品を世に出す」というスティーブ・ジョブズの有名な言葉。マウスを使ったグラフィカルなインタフェースを発明したXerox社のPARC(パロアルト研究所)からは製品が生まれず、アップルのLisaMacintoshとして、アイデアを半ば盗まれる形で、始めて製品化されたことが典型例。
    製品のデザインというのは、現実の制約があってこそ、始めて生まれるものです。iPhoneで言えば電池容量、画面の解像度、人間の指の太さなど。この制限があってこそ、能力のあるデザイナーは優れた結果を生むことができます。コンセプト製品にはこの制限がなく、フォーカスの無い製品になってしまいます。コンセプト製品は、経済性や現実からデザイナーを離してしまい、間違った道に進ませてしまいます。