“Dwarfs standing on the shoulders of giants”を手伝う仕事

独立してから2年、年初にもやもやを感じていました。そのもやもや感は、仕事の意義をちょっと見失いつつあることが原因ではないか。瞑想をして、そんな結論に達しました。そこで、その辺りの気持ちを整理するためにブログを書こうと思います。

僕がCastle104という会社を作って、バイオの買物.comを開発・運営している理由、そのミッションを書きます。

Dwarfs Standing on the shoulders of giants

Google Scholarの検索窓の下にもある言葉ですが、”Dwarfs standing on the shoulders of giants” (wikipedia link)は「過去の著名な思想家の仕事や研究を理解し、将来の研究を行うもの」を意味します。ニュートンもこの言葉を引用したとして有名です。

Google Scholar.png

僕はこの言葉が本当に好きだし、科学だけでなく、伝承が行われるすべての営み(生物の遺伝、社会科学、宗教、思想、商業活動など)の本質だと思っています。生物がこれほどまでに高度の進化したのは、ひとえに遺伝という仕組みのおかげであり、それはひとことで言えば子孫が「巨人の肩の上に立つ」ことを可能にする仕組みです。自然科学においてはさらに理論を厳しく検証し、客観的に正しいと結論できるもののみを伝承します。自然科学の発展を支えた大きな特徴は、「巨人の肩の上に立つ」ことはもちろん、誤って「小人の肩の上に立つ」ことをさせない厳しい実験的検証のディシプリンで、これは生物進化の自然選択に通じます。一方、社会科学も「巨人の肩の上に立つ」ということはやりますが、理論を検証することがおろそかにされてしまっているために、「小人の理論」がそのまま残ります。経済学者がバラバラなことを言うのはここに原因があると思います。

“Dwarfs Standing on the shoulders of giants”というのは、ですから非常に重要な考え方です。ただし大きな問題があります。小人たちは巨人の考えをすべて理解し得ないという問題です。巨人たちの数が多すぎたり、あまりにも深い洞察をしていれば、小人たちはそれについていけなくなってしまうのです。

小人たちを助ける仕組みとしてのメーカーの存在

巨人たちの考えについていけなくなってしまった小人たちは、せっかくの巨人たちの偉業を活用できず、科学を発展させることが出来なくなってしまいます。Wikipediaの記事によれば、ニーチェはこの問題に言及し、小人が巨人の肩に立つのではなく、現代の巨人が過去の巨人と叫び合うこと以外に心理学が発展することはないと述べています。確かに心理学はそうかもしれません。しかし自然科学では別の解決策があります。

自然科学、特に現代のバイオテクノロジーでは、研究用試薬や機器のメーカーがこの問題の解決を手助けしていると私は考えています。過去の巨人たちの成果を、「製品」に凝集し、そして新たな課題に挑戦する研究者に提供しているのです。

例えば制限酵素などを考えてみましょう。制限酵素はいまや数千円でたっぷり買えます。制限酵素は1968年(著者の生まれた年)に発見され、1975年にはNEBが始めて制限酵素を発売しました。そして制限酵素が市販品として購入できるようになった結果、論文を読んで、微生物を培養して、制限酵素を精製するなどのひどく時間のかかる作業を行わなくても、注文の翌日には高純度の酵素が使用できるような環境が出来上がったのです。

次世代シーケンサーなどはもっとメーカーの貢献が大きいです。最新のナノテクノロジー、光学技術、PCR技術、酵素学などを知らなくても、普通の分子生物学の研究者が一日で何十ギガベースのDNAシーケンスが得られます。それはひとえに、それぞれの分野の巨人たちの成果をメーカーが「製品」に凝集させ、プロトコールなどを完成させた上で販売しているからなのです。

こう考えると、自然科学には”Dwarfs standing on the shoulders of giants”を実現するための2つの仕組みがあり、それぞれが車の両輪として機能していることがわかります。その一つはピアレビューのもと、研究成果を論文に残していく仕組みです。そしてもう一つがメーカーによる製品の販売なのです。

今度はメーカーが多くなりすぎた

前節で書いたようにメーカーの存在は非常に大きな役割を果たしています。しかし、その数はあまりにも多くなり、販売している製品もあまりにも莫大になってしまいました。バイオテクノロジーに関連した製品の総数は正確な統計はありませんが、少なくとも百万程度はあるのではないかと思います。前節の小人たちは巨人たちの研究成果を理解するのに困りました。しかし現代の小人たちは、販売されている製品を把握するだけでも困難になってしまったのです。現代のバイオテクノロジー分野で”Dwarfs standing on the shoulders of giant”を最大限に実現するためには、もう一つ仕組みが必要になったということです。その仕組みとは、各研究者の研究内容に応じて、最適の製品を紹介するような仕組みです。あるいは研究者自身が、最適の製品を簡単に見つけられる仕組みです。

そのような仕組みは現在のところまだありません。ですから研究者が新しい研究用試薬を購入するときは、関連する論文で使用されている製品をそのまま使うか、知り合いが使っている製品を使うか、あるいは信頼しているブランドから買うのです。それが最適の選択をは限らないことを知りなつつも、ベストの製品を探す労力があまりにも大変なので仕方が無いのです。

ここをなんとか貢献することが、Castle104のミッションの一つです。

メーカーと研究者は十分に心が通じていない

“Dwarfs standing on the shoulders of giants”を実現するためにメーカーが果たすべき役割が大きいことを先ほど述べました。でもお互いに心は通じ合っているでしょうか。お互いにお互いが必要であると感じ、お互いに尊敬と感謝を送っているでしょうか。原因は非常に様々ありますが、残念ながらこうなっていないのが現状ではないでしょうか。

思うことはたくさんあるのですが、ここでは次節にちょっと列挙するにとどめ、深くは紹介しません。ただメーカーと研究者がお互いの考えを知り、率直に意見を交換できるような場所が増えれば、もっともっと研究は発展すると僕は信じています。

これもCastle104が考えるミッションです。

メーカーと研究者は十分に心が通じていないと感じるとき

僕はバイオテクノロジーの研究用製品の市場のいろいろな状況をみて、もう少しメーカーと研究者の心が通い合えばいいのにと思ってきました。以下は思いつくままに、そのような例を並べてみました。

  1. 値下げキャンペーン中毒と価格戦争:バイオの業界ではものすごい数の値下げキャンペーンが行われています。そして一部の製品では価格戦争が起きています。もちろん液晶テレビなどでも価格戦争が行われていますし、価格戦争は悪いことではないのは確かです。しかしバイオの業界では本来差別化ができそうな製品であっても、新発売と同時に値下げが行われたりします。僕の分析では、この値下げ中毒の原因は液晶テレビなどで見られる製造技術革新などではなく、単に顧客とのコミュニケーション手段の不足だと見ています。顧客に製品の良さを理解してもらうのが困難で時間がかかるから、値下げするのです。
  2. サポート体制の軽視:メーカーのサポート体制の軽視はここ数年、加速しているように思います。配置しているテクニカルサポートスタッフの人数にしても、日本語翻訳された資料の配布やウェブサイトにしても、以前より悪化しているように聞いています。不思議なものです。研究者は技術サポートの人と話すことを望むケースがほとんどなのに、メーカーはそっちの人数を減らし、逆に営業を増やしたりするのです。心のすれ違いを感じます。
  3. 大きい会社による買収:もちろんすべての大きい会社による買収が悪だとは言いません。ただ小さい会社の場合は全部署が同じお客様を見て、同じお客様のニーズを考えているのですが、大きい会社になるとそこがバラバラになりやすいということです。特に医療診断メーカーや化学メーカーなどが小さい研究用製品メーカーを買収した場合、全社共通の部署(経営陣、法務、物流など)は研究者のニーズを相対的に考えてくれなくなります。ですけど現実問題として、こういう買収が多く行われています。
  4. オマケがいっぱいもらえる学会こんな記事を書かれてしまいましたね。僕もやっていた張本人の一人ですけど。

最後に

最後の方でちょっとメーカーを悪く言っているような感じになりましたが、メーカーに責任があるなんてことは全く思っていないことをここで断っておきます。悪いとするならば、それは資本主義の仕組みが未完成であることに由来するものだと僕は思っています。

世の中ってもっともっと良くできると思います。足らないものは山ほどあります。そういうのを、できる範囲で、一つでも多くなんとかしていきたい。

生活する分のお金は後からついてくる。そう信じて、心を惑わせてもやもやするのではなく、ちゃんと前に進むような2010年にしたいです。