iモードがiPhoneに敗北した理由は製品にこだわらなかったから

i-mode(ガラケー一般)がiPhoneとそれを真似て登場したAndroidに敗北した理由はいろいろ言われていて、どちらかというと旧態依然とした組織や業界構造、ぬるま湯体質に目が向けられています(例えば日経新聞の特集)。

しかし私にはそれが釈然としませんでした。なぜならばこういう組織構造や業界体質は1990年代の半ば、i-modeが誕生し、そして躍進した時代と同じだからです。大成功から敗北という大きな変化を、固定された変数で説明することはできません。日本の組織構造や業界体質を理由に、ビジネスのダイナミックな変化を説明することはできないのです。

i-modeは技術的に停滞していた

私はi-mode用のウェブサイトを開発している経験から、i-modeの技術がiPhoneのみならず、AUやSoftbankの携帯と比べても抑制されていると感じていました。「抑制されている」というのは、ハードウェアやソフトウェアの進歩がi-mode規格に活かされていないという意味です。そしてこの状況は1990年代半ばのMac OSの状況、あるいは2010年頃のInternet Explorer 6の状況と良く似ていると感じていました。

この技術的な停滞こそがi-modeの敗北の原因ではないかと感じていました。

IT業界の変革は、ムーアの法則と古い製品の間の活断層で生まれる

ITの世界のダイナミズムの源泉はムーアの法則です。ICが誕生して以来、コンピュータの処理能力は毎年劇的なスピードで進歩しています。そしてその進歩に合わせてハードウェアが進化し、ソフトウェアが進化し、インターネットが進化し、サービスが進化しています。ムーアの法則があるため、ITの業界では立ち止まることが許されません。仮にビジネスの中心がサービスに傾きかけていても、あるいは独占的な立場を築き上げていても、ハードやソフトの進化を止めてしまうと、後ろから来る大きな波に埋もれてしまいます。

i-modeの場合は明らかにソフトが停滞していました。それはi-modeブラウザが一番はっきりしていました。携帯電話にフルブラウザが搭載できるぐらいにハードが進歩しても、i-modeブラウザでは相変わらずCSSやJavascript、Cookieが使えませんでした。i-modeははっきりと立ち止まっていました。

ムーアの法則により新しいことが可能になっているのに、既存の製品が停滞したままだと、そこに大きなギャップが生まれます。IT業界の変革は、その間を埋めるように、活断層で地震となるように起こります。

どうしてi-modeは進歩が停滞したのか

i-modeがどうして停滞したかを考える上で、中心的な立場にいた夏野剛氏の存在が非常に気になりました。彼がビジネススクール出身で、技術よりもビジネスに感心があること、そしてITの将来を議論するにも極めてボヤボヤしていることが気になりました。そこを手がかりに調べていったところ、夏野氏がどうしてi-modeの技術的進歩を止めたのがが簡単にわかりました。

2008年にASCIIに掲載された「夏野剛氏が退社のワケを告白」を参考に議論します。

技術軽視

その後のNTTドコモの強さは周知の通り。他社が追いつきたくても太刀打ちできない「ドコモ一人勝ち」の状態が長くつづいた。iモードが強かった秘訣は、「技術」ではなく「ビジネス」に徹底的にこだわったという点にある。

「iモードはビジネス的な見地から考えてきた。社内でも、ずっとこれは技術ではないと言い続けていた。IT革命の本質は技術のコモディティ化。技術を使うことが目標になっていては最悪。何かをするために技術を持ってくるのが本筋でしょう」

「何かをするために技術を持ってくるのが本筋でしょう」というのはもっともな意見です。Appleも技術を前面に出さず、何ができるかや使い勝手、使ったときのエモーションを大切にします。

ただしAppleの場合は、裏側では相当に技術を発達させています。「IT革命の本質は技術のコモディティ化」などとは決して考えていません。例えばiPhone用のSafariブラウザはAndroid用のどのブラウザと比べてもスピードが速く、なめらかです。GoogleはiPhoneの動きのなめらかさを真似ようと相当に努力をしていますが、未だに追いつきません。加えて様々なHTMLやCSS規格をモバイルブラウザに搭載すること(バグ無しで)に関しても、Safariは常にAndroidをリードしてきました。

「高度な技術は持っているけれども表に出さない」のがAppleで、「コモディティ化した技術を発展させなかった」のがi-modeだったのではないでしょうか。

技術を発展させなかったツケ

「MNP導入以降、何がドコモの強みなのかをはっきりしないまま、料金競争に巻き込まれている。そんなドコモを見ていると、すごく心が痛み、もっといろいろなやり方があるのになあ、という悔しさがある。最近の状況は正直辛い」と

ムーアの法則のため、一時は技術的に優位に立っていても、立ち止まってしまうとすぐに追いつかれます。

なおかつ夏野氏の考える「ビジネス」、つまりコンテンツやサービスを提供するプロバイダはそもそもがi-modeだけをターゲットしているのではなく、AUやSoftbankを使っているユーザもターゲットしたいと考えています。プロバイダにとってはi-modeの差別化、ドコモの強みはどうでもよく、どちらかというと他のキャリアと区別の無い状態を望んでいるのです。

料金競争に巻き込まれたのはごく当たり前のことです。

もしi-modeがフルブラウザ志向であったならば

以降は私の推測になります。

夏野氏の方針によってi-modeの技術発展は停滞しました。しかし日本のモバイルインターネットの事実上の標準はi-modeでした。その標準が停滞したのです。

仮にSoftbankやAUが自身のブラウザに新しい機能をつけても、i-modeにその機能が無ければコンテンツプロバイダは活用しません。i-modeユーザが一番多いからです。

もし夏野氏がビジネス志向ではなく、Appleのような技術志向であったならば、i-modeをより発展させ、フルブラウザとして発展させたでしょう。CHTMLに留めることなく、パソコンと同じようなHTML, CSSが使えるように技術開発に努めたでしょう。フルブラウザは2004年に既に日本でも登場していましたし、それより以前から海外では使われ始めていましたので、i-modeがフルブラウザ化していくことは技術的には十分に可能でした。

もしi-modeのフルブラウザかを阻害している要因があったとするならば、それは夏野氏の言う「ビジネス」(つまりコンテンツやサービス)でした。

i-modeがフルブラウザ志向であったならば、ガラケーの進化の道は大きく変わったはずです。

フルブラウザはCPUパワーを消費しますし、大きな画面でこと使い勝手が良くなります。必然的に現在のスマートフォンのようなデザインを必要とします。そして矢印キーによるナビゲーションでは限界があるので、タッチも採用したことでしょう。

思い返してみると、初代のiPhoneをSteve Jobs氏が発表したとき、彼はiPhoneを“An iPod, a Phone, and an Internet Communicator”と紹介しました。iPhoneの開発目標は第一に“Internet Communicator”だったのです(当初はサードパーティアプリ開発は準備されていなかったので)。

もしi-modeがフルブラウザ志向であり、それにとことんこだわっていたならば、かなりiPhoneに近いものができたはずです。

最後に

IT業界で技術にこだわらないと敗北します。ビジネスに過度に傾き、技術革新を怠ると、ムーアの法則が定期的に生み出す大きな変化の波にのまれます。

i-modeの敗北はおそらくはこれだけで説明できます。開発当初こそは技術的に優位に立っていましたが、しばらくしたらAUやSoftbankに真似られます。そして最後には徹底した製品志向のApple iPhoneの波にのまれます。

それだけです。

i-modeがiPhoneに化ける可能性はありました。しかしそれを阻害したのは他でもなく、夏野氏自身のビジネス志向だったのではないでしょうか。

私はそう思います。