i-modeとChristensen氏のlaw of conservation of attractive profits

i-modeの敗北についていろいろ調べている中で、池田信夫氏の「iモードの成功と失敗」が(結論は別として)興味深かったです。

何が興味深いかというと、私が以前にも言及したClayton Christensen氏の“law of conservation of attractive profits”との関連性が見えるのです。

池田信夫氏によるとi-mode創世記にはいろいろなことが起こりました。

WAPが携帯端末の限られた能力で普通のウェブサイトなみの機能を実現しようとしてデータを圧縮し、携帯端末用に最適化した言語WMLを開発したのに対し、iモードはドコモ独自のパケットで伝送し、中央のゲートウェイでTCP/IPに変換して、HTTPやHTMLなどのインターネット標準をそのまま使う方式だ。これはドコモの電話網でインターネットのエミュレーション(模擬動作)をやっているので伝送効率は低く、機能も限られている。

ところが、iモードはドコモだけで規格が決められるため、どんどんサービスを始めたのに対して、WAPの標準化が遅れたため、ドコモ以外の各社はそれぞれ独自の「WAPもどき」の方式でサービスを始めざるをえなかった。その結果、国際標準であるはずのWAPがかえってばらばらになり、標準化をほとんど考えない「NTT規格」だったiモードが事実上の国内標準となった。2001年に発表されたWAP2.0はiモード互換となり、実質的にドコモの規格が国際標準となった。

この明暗を分けた決定的な要因は、iモードをサポートする「勝手サイト」が大量に出現したことだ。WAPで読めるようにするには、WMLで書き、特殊なWAPサーバを使わなければならなかったのに対して、iモードのコンテンツはコンパクトHTML(簡略化したHTML)で書いて普通のウェブサイトに置くだけでよいため、だれでも自分のホームページから情報を発信でき、勝手サイトは爆発的に増えた。

Christensen氏の理論に従って上述の経緯を解釈すると以下のようになるのではないかと思います。

  1. WAP技術は携帯端末に最適化された新規格だったのに対して、iモードはインターネット標準をそのまま使うものでした。そして少なくともDoCoMoのキャリアネットワークでは、強いて携帯端末に最適化された新規格を採用しなくても、インターネット標準で十分でした。つまりWAP技術はそもそもがモバイルデータ通信をする上でのポイントを外していて、“attractive profits”が得られるポイントではありませんでした。iモードのインターネット標準で”good enough”だったのです。
  2. むしろモバイルデータ通信を普及させる上でのボトルネック(“not good enough”)はコンテンツを整備する環境でした。iPhoneのようにPCサイトをフルブラウザで見られるような時代ではなかったため、モバイル専用に書かれたウェブサイトが不可欠でした。WAPの場合はWMLという新しい書式でページを書く必要があり、なおかつウェブサーバも別個の設定が必要でした(WAPサーバが必要と池田氏は述べていますが、これは誤りでしょう)。WAPのコンテンツを作るのは簡単ではなかったようです。一方i-modeはコンテンツ作りを楽にしてくれたので、i-modeに“attractive profits”が集中したのだろうと考えられます。
  3. i-modeが全盛を極めている間は、携帯端末は“good enough”でした。i-mode自身が規格上「軽い」ウェブサイトしか受け付けなかったので、高性能な携帯端末は機能をもてあましました。その結果“attractive profits”は携帯端末メーカーに蓄積せず、キャリアの御用聞きに成り下がらざるを得ませんでした。
  4. 時代が変わってiPhoneが登場すると、ボトルネックはコンテンツ整備ではなくなります。なぜならパソコン用のウェブサイトがiPhoneのフルブラウザで十分に見られるようになったためです。“not good enough”はむしろスマートフォンの性能や電池の持ちに移ります。そして優れたスマートフォンを開発できる少数のメーカーに“attractive profits”が集中するようになります。なおキャリアの御用聞きに成り下がっていた国内のメーカーには、iPhoneやSamsungに対抗するだけの資金力も技術力も蓄積されていなかったと思われます。

こう考えるとi-modeの栄枯盛衰の原因はかなりわかりやすくて、「携帯端末専用の規格が必要な時代だったか否か」だけで決まっているように思えます。

WAP規格が生まれた頃は「携帯端末用の特殊な規格が必要」だと思われていたのに、実際にはi-modeの「インターネット標準」で十分でした。i-modeの強みはコンテンツの作りやすさで、それ故に最高の「携帯端末専用規格」となりました。そしてi-modeをコントロールしていたドコモに“attractive profits”が集中しました。

しかしハードウェアとソフトウェアの進歩により「携帯端末専用規格」が不要になりました。i-modeが不要になりました。それだけです。

もしi-modeが海外進出を果たしていたとしても、Nokiaの代わりになっただけでしょう。iPhoneやAndroidに駆逐されるのを防いではくれなかったでしょう。Nokiaの惨状を見れば、海外進出などを議論するのはほとんど意味が無いと思えます。

問題があるとすれば、それはi-modeが不要になる未来を描けなかった(未だに描けない)ドコモにあるのではないでしょうか。逆説的ではありますが、自らi-modeを潰し、i-modeが不要になる未来をたぐり寄せるぐらいのことをしなければ、ドコモはi-modeを救うことはできなかったでしょう。