RocheがIlluminaに買収を仕掛けてることについて思うこと

RocheがIlluminaに対して買収を仕掛けていて、敵対的買収も辞さない姿勢を見せています。これはWebを賑わせている話題ですので、すでにご存じの方も多いと思います。

Rocheの狙いが何なのか、Illuminaが買収に抵抗したとしてもRocheはどこまでやり通す気でいるのか、僕なりに思うことを紹介したいと思います。なおこの件については、僕は詳しくフォローしているわけでもないし、またインサイダー情報も一切ありません。一般的に知られていることを組み合わせて議論したいと思います。

なお、このBusinessWeekの記事がいろいろの人の意見があって面白いです。

当のRocheの社長はなんと言っているか

以下のビデオでRocheの社長であるSeverin Schwanが説明をしています

私なりに話の要点をまとめてると;

  1. Illuminaは主に米国を中心に展開しています。それに対してRocheであれば、より小さな国にも入り込める販売網を持っています。
  2. DNAシーケンスは、将来の診断において中心的な技術になると考えています。
  3. 以前のDNAシーケンスは非常に高価でしたが、これだけ技術が発展してくると、今がまさにルーチンの臨床診断への応用を考えるべきタイミングと言えます。
  4. ルーチンの臨床診断への応用は非常に困難です。研究の世界から、レギュレーションが多い臨床の世界に持ってくるのは多くのノウハウが必要です。Rocheはそれを持っています。
  5. 以上のことを考えると、RocheがIlluminaを買収すると言うことは双方にとってメリットのある話です。

どんな買収の時も、経営者は「シナジー」という言葉を口にします。多くの場合「シナジー」が本当に生まれることはまれで、 1 + 1 < 2 という結果になることがほとんどです。

しかし今回は非常に納得性の高い「シナジー」です。一つ一つのポイントが具体的で、的確です。本当に 1 + 1 > 2 となる予感があります。

$5.7 billionという金額はRocheにとってどんな金額か

RocheはGenentechを買収したときは $46.8 billionで買っています。Ventanaを買収したときは $3.4 billion

次世代シーケンサーで最大のシェアを持つIlluminaを$5.7 billionで買収できるのであれば、Rocheにとってはそんなに高い買い物ではありません。Rocheが2007年に454 Biosciencesを買収したときは $152 millionだったということなので、これに比べれば桁違いに大きな金額になりますが、次世代シーケンサーの発展と臨床への応用の可能性を考えれば、それは妥当な線ではないかと思います。

Illuminaの研究者が逃げたらどうするのか

買収があるときに良くある話です。454 Life Sciencesを創設したRothbergが後にIon Torrentを創設して、良く似た原理で454シーケンサーの発展形を作ったという話などがそうです。

でもそろそろ関係なくなってきました。$1,000ゲノムの実現が目の前に迫り、そしてゴールテープを切ってももうしばらく価格が下がる状態が容易に想像できます。現在の技術だけでも例えば$500とか$200ぐらいに落ち着いてくるでしょう。そうなるとゲノムをシーケンスすること自身は診断コストを決定する要因ではなくなります(化学者にとっては律速段階と言った方がわかりやすいかも)。

まだまだ技術の発展の可能性はありますが、臨床応用をすることに限って言えばコストは十分に下がってきています。$500からさらに一桁二桁価格が安くなったとしても、最終的な診断コストが大きく変わることはありません。そういう意味で、仮にIlluminaの買収によって頭脳流出があっても、Rocheにとってはあまり悩む話ではなさそうです。

イノベーションの次の段階

Clayton Christensen氏のコンセプトの中に “Law of conservation of attractive profits”というものがあります。バリューチェーンの中の要素(この場合はDNAシーケンサー)の技術が進化し、結果としてもう十分すぎるぐらいの性能が出るようになったとき、そこには”attractive profits”は蓄積されなくなります(つまりIlluminaの技術の価値が下がります)。その代わりその要素の前後、バリューチェーンの他の要素に”attractive profits”が蓄積されるようになります。そしてそこにイノベーションが生まれていきます。

ゲノムシーケンスの場合は、それはサンプルの調整であったり、データの解析であったりするはずです。また臨床応用にはレギュレーションという大きなハードルがありますので、これを突破できる会社(例えばRoche)に”attractive profits”が蓄積されていくという状態になります。

研究者はデータの解析に目が行ってしまうと思います。しかし実際にはレギュレーションをクリアしていくことの方が遙かに人間のリソースが必要で、ノウハウやコネクションが重要で、参入障壁も高くなっています。”attractive profits”はまさにここに蓄積されていくでしょう。

またレギュレーションのことを考えると、機器をレギュレーションにマッチするように作っていくことも大切です。仮にDNAシーケンスの研究用のハードウェアの価格下落が激しかったとしても、診断向けのものはしばらく後まで高い利益を確保できる可能性が残ります。

つまりDNAシーケンスの次のイノベーション・フロンティアは、今となってはレギュレーションをどうやってクリアしていくかになってきました。個人情報管理や診断で得られた様々な知見をどのように患者に伝えていくか、まだまだクリアされていない課題は山ほどあります。ボールはシーケンス技術の世界から、レギュレーションの世界に投げ込まれました。