Notes on the Capitalist’s Dilemma

Clayton Christensen, the author of “The Innovator’s Dilemma” has been working on the idea that capitalism is having trouble in investing in the types of innovation that really count. Instead investing in those that are actually detrimental to the economy.

Coming from the most influential thinker on innovation, this idea should not be taken lightly. Harvard Business Review has recently published a summary of his work, and it is very much worth reading (the article is divided into many pages, so if that troubles you, I recommend the page optimized for printing.).

I’ll just jot down some things that I consider to be the key points;

  1. “The Capitalist’s Dilemma” is the reason why major economies around the world are experiencing “jobless recoveries” where the economy grows, but jobs are not being created.
  2. Not all innovations are equal. In fact, the majority of the innovations that are happening today are detrimental to economic growth. The authors dissect “Innovation” into three separate categories and argue that the one that create jobs (market-creating innovations) is currently being de-emphasized, while the one that eliminates jobs (efficiency innovations) is being highlighted.
  3. The reason that the wrong category of innovation is being pursued is because the approach to finance that is taught is wrong. Business schools are teaching students to focus on the wrong metrics for evaluating corporate strategy, and as these people end up running banks or businesses, this is hurting the economy.

As the authors’ work illustrates, we have very little understanding of what drives economic growth and the role that innovation plays in it. No wonder we are in this mess.

良いイノベーションと悪いイノベーション

「イノベーション」という言葉は日本だけでなく、海外でも乱用されています。人によって意味が違いますし、自社を格好良く見せるために意味もなく「イノベーション」という言葉が使われています。

「イノベーションのジレンマ」で有名なClayton Christensen氏はさすがに「イノベーション」という言葉をそのまま使わず、明確に定義して使っています。

イノベーションが経済に与える効果

イノベーションは経済にとってプラスであるというのが一般的な考え方です。しかしChristensen氏は経済にとってプラスになるイノベーションとマイナスになるイノベーション、そして効果のないイノベーションがあるとしています。

特に近年の傾向として、経済にマイナスなイノベーションにばかり資本が流入していることを危惧しています。

  1. “empowering innovations”
    複雑で高価だったため一部の人しか使えなかった製品を、多くの人が使えるシンプルで安価なものに変えていくイノベーション。”empowering innovation”は製造・流通とアフターケアの仕事を生み出し、経済に対してプラスの効果があります。
  2. “sustaining innovations”
    旧型の製品を置き換えるイノベーション。例えばプリウスは既存の製品を置き換えるだけなのでこのタイプのイノベーション。経済に対してはzero-sumであり、効果がありません。
  3. “efficiency innovations”
    既存製品の製造・流通およびアフターケアに関わる仕事を減らしていくイノベーションです。トヨタ自動車のジャスト・イン・タイムの製造方法はこのタイプです。経済に対しては就職口を減らす効果があり、経済に対してマイナスの効果があります。

参考:“Christensen: We are living the capitalist’s dilemma”

イノベーションと市場の下克上

Christensen氏が「イノベーションのジレンマ」で取り上げたのは、市場のおける下克上でした。そのときはイノベーションを以下のように分けました。

  1. “disruptive innovations”
    非常に高価だったり、高いスキルがないと使いこなせかった製品を変革させ、全く新しい顧客層を開拓するイノベーション。多くの場合、市場に下克上をもたらします。”empowering innovations”を共通するところが多い。
  2. “sustaining innovations”
    現状の顧客の要望に合わせ、より良い製品を作っていくイノベーション。多くの場合は市場に下克上は起こりません。

参考:www.claytonchristensen.com

この視点でいろいろなイノベーションを評価してみる

あくまでも例題として、Steve Wildstrom氏が書いた“Eight Innovators That Shook the World”を取り上げて、ここに取り上げたイノベーションはそれぞれどのように分類されるかを評価してみたいと思います。ただし私自身が理解していない事例は外します。

Apple

  1. Apple II:
    Apple IIでけではないのですが、当時のパーソナルコンピュータの役割は、自分で電子回路を組み立てられる趣味人のおもちゃだったパーソナルコンピュータを使いやすく作り替え、普通の人にも使えるようにしたことです。また高価なメインフレームがなければできなかった計算処理を、一般人が購入できるハードウェアで実現しました。その意味ではまさに”empowering innovation”です。
  2. Mac:
    Macのインパクトはいろいろあります。Aldus PagemakerとLaserWriterとのコンビネーションでDTPという市場を作り上げたこと、Adobe PhotoshopやAdobe Illustratorとともにデジタルデザインの市場を作り上げたことなどはもちろんそうです。私は大学の研究室で学生をしていましたが、Macのおかげでプレゼンテーション資料などの作成が大幅に簡略化され、品質が向上しました。他にも例は数えきれませんが、まさに”empowering”でした。Windows 95はMacのすばらしさをより多くに人に提供したという意味で”empowering”でした。
  3. iPhone:
    実はChristensen氏はiPhoneが登場した当初はこれを”sustaining innovation”と考え、iPhoneは成功しないと考えていました。iPhoneとNokiaのスマートフォンを比較し、iPhoneはNokiaスマートフォンを改良した”sustaining innovation”でしかないと考えたのです。今ではChristensen氏が何を間違えたかは明白です。iPhoneをNokiaと比べるのではなく、パーソナルコンピュータと比較するべきだったのです。机の上に置いて使うパーソナルコンピュータを大幅に簡略化し、小型化により使えるシチュエーションを大幅に増やしました。インターネットをどこからでもすぐに利用できることで、大きな”empowerment”がありました。特にiPadになると、タッチUIの使いやすさが大きな”empowerment”をもたらします。いままでコンピュータを利用しなかったような小さい子供や年寄りでも使えるようになったからです。

Google

  1. Web検索:
    Google以前にもWeb検索をAltavistaなどが提供しており、これらに対してはGoogleは”sustaining innovation”でした。ただWeb検索全体を取ってみるとこれはまさしく”empowering innovation”であり、情報の入手のしやすさは飛躍的に向上しました。
  2. Google Maps:
    この場合も決してGoogleがイノベーションのきっかけを作ったわけではありませんが、iPhoneの登場以来、携帯電話で地図を利用するのは一般的になりました。携帯電話での地図利用についてはカーナビゲーションシステムは以前からあり、普及していましたので、社内での利用に関しては”sustaining”です。また電車の乗り換えについてもGoogleよりも良いものが以前からありましたので、よく言っても”sustaining”でしょう。したがってGoogle Mapsのみならず、携帯での地図利用は”sustaining”だと言えます。

Amazon

  1. インターネットでの小売り
    Amazonの小売りにおけるイノベーションはかなりの部分”efficiency innovation”です。ウェブを使うことで店舗の必要性を無くし、また物流の改善も可能でした。その結果、安価で製品を販売することが可能になりました。しかしAmazonで売り上げが増えた分はそくり既存の店舗の売り上げ減です。店舗縮小で従業員も少なくなりました。Amazonの登場で本を読む人が増えたとか、読書にかける金額が増えたということはなく、zero-sum以下のminus-sumです。
  2. 電子書籍
    電子書籍も同じです。書籍の電子化によって流通が簡単になりました。しかしそれによって新しいタイプの本が増えたということはほとんどなく、読書量が増えたということもないでしょう。したがって経済にマイナスの効果がある”efficiency innovation”です。これはAppleがiBooks Authorでやろうとしていることと区別しなければなりません。Appleは既存の書籍では実現できなかったインタラクティブなマルチメディア体験を教科書に取り入れることで、子供の学習効率が上がり、成績が上がることを期待しています。したがってiBooks Authorは成功すれば”empowering”です。しかし現在のAmazon Kindleは、印刷された書籍をそのまま電子化するだけのものですので、”empowering”効果がありません。単に紙媒体に変わるだけです。
  3. Amazon Web Services
    Amazon Web Servicesは”empowering”です。データセンターを運営することは多額の初期投資が必要で、専門的な知識も必要でした。しかしAWSのおかげでそんなことを考えずに起業することが可能になり、多数のスタートアップが生まれました。まさに”empowering innovation”です。

Microsoft

Microsoftによる”empowering innovation”は疑う余地がありません。AppleがMacでGUIなどを成功させましたが、製品が効果でした。MicrosoftはGUIが動く安価なパソコンが普及する原動力をWindows 95によってもたらし、Macのような高価な製品が買えない人にまでパソコンを普及させました。Windows 95のおかげでハードウェアの市場は活気を帯び、ソフトウェア産業も大きく膨らみました。インターネットの利用が増え、インターネットが産業として成功したのもWindows 95なくしては語れません。

Windows 95は多くの部分でMacを真似たものではあります。しかしMacだけではここまでパーソナルコンピュータとインターネットを普及させることはできなかったでしょう。

アベノミックスの経済成長戦略を考える

上記のイノベーションの考え方に基づいて、アベノミクスの経済成長戦略を振り返ります。本当に経済成長につながるのか、それとも逆に経済を縮小させるものなのかを考えてみたいと思います。

主に考えるのは規制緩和策です。例えば「医薬品のネット販売解禁」などが好例です。

医薬品のネット販売というのはどういうタイプのイノベーションでしょうか?

  1. 今までの医薬品販売は複雑だったでしょうか?高価だったでしょうか?新しい需要の創出が可能でしょうか?おそらくはそのどれも当てはまりません。したがって”empowering”とは言えません。
  2. ネット販売のよってよりよいサービスが実現できるでしょうか?一部ドラッグストアが遠い人にとっては便利になりますが、その影響は小さいと考えられます。したがって若干”sustaining”の要素はありますが、さほど大きくはありません。
  3. ネット販売によって物理的な店舗の需要が減り、従業員数が減るでしょうか?これはまさしくそうなるでしょう。したがって”efficiency innovation”の側面が大きいのは間違いありません。

そう考えると「医薬品のネット販売解禁」は成長戦略どころか、成長を阻害する戦略とも言えます。別途大きな付加価値がない限り、オンライン小売りはどれをとっても成長を促すことはありません。

アベノミクスの他の具体的な規制緩和策はこれから見えてくるのでしょうが、規制緩和をすれば必ず経済成長を促すわけでもないし、イノベーションを促進するものが経済成長を促進するとも限りません。

特に気をつけなければならないのは、既存の大企業は”sustaining innovation”と”efficiency innovation”に傾きやすい点です。ましてや大企業が既存ビジネスに投資している限りはまず”sustaining”か”efficiency”です。

そういうことを国家がサポートしても経済成長は生まれません。

Richard Kooが経済危機を解説

バランスシート不況を論じているRichard Koo氏がインタビューに答えています。

英語ですが内容はかなりわかりやすく、特に欧州の金融危機がどうやって起こってきたかをドイツ人が熱狂したドットコムバブルにさかのぼって解説しているあたりが勉強になります。

日本のアベノミックスに関しては批判的です。異次元の金融緩和は「リンゴが売れないので、陳列棚にもっともっとたくさん並べた」のと同じだとしています。日本は強いトラウマにとらわれていて、お金を借りる気になれない状況にあると診断しています。したがって異次元金融緩和のようにお金の供給を増やすのではなく、お金を借りる側に直接響く方法でインセンティブを高める必要があるとしています。

アベノミックスが唯一成功する道はexhortation「熱心な奨励」を介してであると述べています。アベノミックスの「理論的な道」を介して成功することはあり得ないものの、「インフレになる」ことをひたすら繰り返し(ウソでも)国民が信用してくれるようになれば、もしかしたら成功するかも知れないとしています。

エコノミストに許される議論の甘さ

経済学って本当に緩い学問だとつくづく感じます。

ものすごく甘い議論でも平気で許されてしまうし、少しも悪びれた様子がありません。

あくまでも一例ですが、第一生命経済研究所の主席エコノミスト、永濱利廣氏の『「異次元の金融緩和」で景気と生活はどうなる』という記事を見かけましたので、それを例に見ていきます。

「株価と企業の売上高が密接に連動しており、株価が上がってから概ね1四半期遅れて企業の売上高が伸びる傾向を見て取ることができる」

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永濱氏は「株価が上がってから概ね1四半期遅れて企業の売上高が伸びる傾向を見て取ることができる」としています。彼はいったいグラフのどこを見ているのでしょうか?

「景気が回復し企業の売上が増えてから所定内給与が増えるまでには3年かかった」

永濱氏は他にも謎の結論を出していますが、この最後のグラフと考察はもう希望的観測を越え、宗教の領域。心の目で何かを見ようとしている状態です。

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たぶん2005年のはじめにちょろっと給料が上がった時期を見て「企業の売上が増えてから所定内給与が増えるまでには3年かかった」といっているのでしょう。このグラフを見てもその因果関係は全く見えません。なおかつその1回の現象だけを根拠に、今回も3年かかるというのは乱暴な議論を通り越して、もはや根拠がない領域。

まぁ永濱氏が悪いというよりは、このレベルの子供だましが許されてしまうのが経済メディアの現状で、こいつらに経済を任せて良いのかと思うわけです。

もちろん経済学者がみんなこんな子供だましの議論をしているわけではなく、ちゃんと議論している人もいます。ちゃんとした相関を見て議論している人たちです。

永濱氏は株価が上がれば企業収益が改善し、企業収益改善から雇用改善・給料改善が起こるとしています。ただしいずれのステップも相関はかなり怪しいのですが。

それに対してSteve Keen氏はちゃんとした相関を元に考察しています

特に近年では株価と因果関係があるのはGDPではなく、企業業績でもなく、借金のレベルです。株価はレバレッジがどれだけ使われているかと一番相関があります。

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一つ重要なポイントがあります。Steve Keen氏のようにまっとうな分析をする人は半世紀さかのぼってデータを集め、分析をします。そうやってデータ点を増やします。それに対して永濱氏をはじめとした多くのエコノミストはたかだか数十年のデータで議論をします。永濱氏はこの点特にひどく、ここ10年のデータでごまかそうとしています。

エコノミストの多くは基本ができていないように感じます。

iPhoneが中国で作られる本当の理由:日本もこうして成長した

「iPhoneが中国で組み立てられているのは中国人労働者の賃金が安いからだ。」

そう思っている人が多いと思います。

しかしThe New York Timesの記事 “How the U.S. Lost Out on iPhone Work”では違う視点を紹介しています。

すばり工場の大きさ、柔軟さ、勤勉さ、そしてスキルのいずれを考えてもアメリカ国内でiPhoneを組み立てることは実現不可能であり、中国にしか作れなかったというのです。

昔の日本もそうでしたよね。

最初は労働力が安いのが日本製品の特徴であり、安かろう悪かろうでした。”Made in Japan”というのは劣悪品の象徴だった時代もあります。そこから徐々に日本が力をつけていって、技術者の勤勉さとスキル、ロボット化された最新の工場設備、カンバン方式などの現場の工夫による柔軟性によって、”Made in Japan”は世界最高の品質をリーズナブルな価格で提供する代名詞となったのです。1970年代ぐらいの話です。

中国は急速にこの1970年代の日本に近づいているのかもしれません。

それはさておき、この記事からいくつか引用して翻訳(意訳)しますが、是非全文を読むことをおすすめします。

思うのは、日本の技術力を支え、そして今の中国を支えているのは工業高校なのかなということです。うちの祖父もそうでした。そういう人がいなくなると、円高のことを考えに入れなくても、日本国内で工業を稼働させていくことが困難になっていくのではないでしょうか。

日本の大学は猫も杓子も大学院に行かせて博士号をとらせようと考えず、工場で働く人をどうやって育てるかを考える必要があります。あるいはもう日本の大学の数をうんと絞って、大学進学率を思いっきり下げて、その代わりに専門学校や工業高校に行かせるか。そういうのがいいのかもしれません。

日本の技術力が危機に瀕しているかもしれないと言うとき、理系を増やせだとか、博士をもっと育てろだとか、大学にもっとお金をよこせだとか、スパコンを作らせととか、そういう話がたくさん出てきます。このNew York Timesの記事もそうですが、それだけを見ていたらまったくだめだよと僕は強く思います。

機械メーカーに行った友人もよく言いますよね。会社の技術力を支えているのは現場の高卒のおっさんだって。 Continue reading iPhoneが中国で作られる本当の理由:日本もこうして成長した

日本は小さな島国ではなく巨大な人口を持った先進国

グローバル企業で仕事をしていたときも、あるいは日本の報道を見ていても、日本人は自分たちの国ことを未だに「小さな島国」と考えているところが、非常にイライラさせられたことが何回かあります。

例えばバイオのメーカーでは、新製品が出たときに「世界で2番目に売れた」ことを誇らしげに言う経営幹部が珍しくありませんでした。彼らは日本が先進国で2番目の人口を誇っていることを忘れていて(しかも3位のドイツを大差で引き離して)、しかもGDPが世界2位であることもあまり意識の中にない様子でした。

加えて言うと、そのバイオメーカーでは自衛隊に売れる可能性のある製品もあったのですが、「日本の視点は自衛隊に売り込んでいるのか?」という質問をされました。そのときも日本の国防費がアジアでは中国に次いでいて、極めて高いことも経営幹部の意識には全く無さそうでした。

今朝、日経ビジネスオンラインを見ていたら、国民一人当たりのODA援助額の表が載っていて、日本が先進国でビリッケツに近いことを知りました。

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うーん、がっかりです。

日本人は自分たちが大国であるという自覚をもっと強く持って、その責任を果たそうと考えるべきだと思います。

とんでもない減税その2(一般歳出をインフレで補正してみました)

昨日のブログのグラフを見ると、2006-7年頃に一般会計の歳出を抑制することに成功しているように見えます。小泉内閣の最後の頃です。

ただしそのときでも決して歳出のレベルが低かった訳ではなく、GDP比で16%と依然として高くなっていました。低く見えるのは1999年、2000年と比べて低いだけの話です。

それでは小泉内閣のときに起こったことは何だったのでしょうか。一般歳出をインフレ(デフレ)で補正してみました。

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上のグラフはインフレ補正を行っていない状態で、小泉内閣のとき(2001-2006年)の間に一般会計歳出が抑制されているように見えます。しかしインフレ補正を行うと下のグラフのようになり、2001-2006年の間は実質的に1999年レベルと何ら変わっていないことがわかります。つまり小泉内閣のときに歳出を減らすことは実質的に行われておらず、デフレが起こっただけだと言えます。

ただ高齢化が起こっていく中では本来は歳出は増えていきますが、教育関連や公共事業を犠牲にすることでそれを抑制したというのは昨日のブログで紹介した通りです。

今日はっきりさせたかったことは何かというと、小泉内閣のように強力なリーダーシップを持ったとしても歳出の抑制をすることは実質的に不可能で、無理に抑制をしたとしてもデフレが起こる上、日本の将来を危機にさらすだけだということです。歳出の抑制がもはや不可能なのは、主として高齢化社会のためです。したがって減税を掲げるというのは本当に無責任な議論です。

とんでもない減税(大きな歳出削減は将来の日本を犠牲にする)

The Economistのウェブサイトに、米国の減税議論がいかにとんでもなくて、健全な国家に必須な予算がいかに削られてしまっているかをを述べた“Outrageous cuts”という記事がありました。ノーベル賞経済学者で、共和党政策に批判的で知られるPaul Krugman氏のブログに呼応したものです。

そこで同じ論法を日本に当てはめてみました。

まず税金がどれぐらい無駄になっているかの判断材料として、記事に習って税収のGDP比を計算してみました。データソースは1(財務省), 2(世界経済のネタ帳), 3(財務省)

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Economistの記事では、米国の税支出/GDPが1963年も2008年も3.6%であり、長期的にはほとんど変化していないことを紹介し、政府というのはそれぐらいお金がかかるものだとしています。つまり支出を大幅に減らすことによって財政を健全化できるという議論は気違いじみた考えだと断言しています。

上のグラフで日本の場合を見ると、税支出/GDPは16%代でやはり安定しています。社会福祉が入っていることなど、比率の絶対値そのものは米国と比較できませんが、ここ25年間、日本経済が非常に元気だったころと比較しても大きな変化がないことがわかります。

しかも内訳(データソース財務省)を見ますと、大きく伸びているのは社会保障関係費と国債費だけです。教育および科学技術関連予算、公共事業関係費は大幅に落ち込んでいます。(ちなみにこの財務省のグラフは物価で補正していないため、財政支出の増加をあまりにも誇張してしまって良くないと思います。)

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Economist誌と同じ視点からこの2つのデータを議論するとこういえると思います。

  1. 日本で大きく国家予算は減らす余地はなく、国家支出を減らすことによる財政健全化は気違いじみた発想です。
  2. 高齢化により社会保障関係費が、合わせて長年の財政赤字により国債費は大きく膨らんでいます。それを補うように教育費と公共事業関係費が削減され、かろうじて国家予算の拡大が押さえられてきました。しかしそれは将来の(今の?)日本の生産性を奪う危険な予算削減です。
  3. 社会保障関係費と国債費は増加の一途をたどることはすでに分かっています。ドラッカー風に言えば、これはすでに起こってしまった未来なのです。もし国家予算を減らそうと思うと、極端に教育費と公共事業費を減らすしかありません。

今後の日本が選択するべき道はますます難しいです。政府の無駄使いをなくして、減税し、民間に活力を与えれば良いという発想が人気を集めています。合理的な判断というよりは、日本をこんなにダメにした役人や政治家に対する怒りの声に思えます。しかしデータを見る限り、これが現実的な選択肢には到底見えません。仮にその道を突き進めば、教育費や公共事業費をよりいっそう削減するしかなく、結果として将来の日本の競争力の原資を食いつぶすことになります。

それでは日本は何をしなければならないのか。私の考えを簡単に紹介します。

  • 企業や国民(民間)が蓄えている資産(日本は対外的に200兆円程度の対外純資産を持つ債権国)が日本国内に投資されるよう、国内の成長特区を設けます。日本のお金が日本に戻ってくることが何よりも大切です。これには積極的な公共投資を行います。
  • 私の考えでは、首都機能の思い切った分散によって各地方で新しい都市を造っていくことが成長特区を作ることに当たると思っています。例えば国家公務員の大半を東京ではなく、人が少ない地方に転勤させて、都市を造っていきます。来た人は家、車、大型家電を買ってくれるでしょう。そしてその都市の成長に期待して、民間が大きな投資をするようにすれば良いと思います。
  • 税金を高くします。一般会計支出の内訳を見る限り、日本の最大の問題はずっと財政赤字を続けていたために国債費が財政を圧迫していること、現在の予算規模では高齢化問題に対応できなっていることですので、これをなんとかしないと悪循環が断てません。でもその前提として政治不信をなんとかする必要があります。政治不信が誰の責任なのかは別の問題ですが。

何で一時期の遷都論が下火になって、まだ盛り返して来ないのか、未だに不思議に思っているのですが。

金融業界の適正なサイズを人体の血液量と比較してみる

今では金融業界は学生にとってはかなり魅了のある業界で、給料もいいし、エキサイティングだと考えられています。

でも私が小学生だった1970年代は、金融業界と言えば銀行であって、お堅い仕事で給料はいいけど、エキサイティングなイメージはありませんでした。他人のお金を使ってリスクの高い投資をしたり、そういうことはしていませんでしたし、M&Aなども多くありませんでした。

このように金融業界が変質してしまったことを危惧し、これこそが金融危機の遠因であるとPaul Krugmanなどは語っています。

例えば米国において、60年前の金融業界の大きさはGDP比で2.3%だったの対して、2005年には7.7%と3倍近くふくれあがっています。給料も高く、エキサイティングなので、優秀な学生がこぞって金融業界に就職しています。(The Equilibrium Size of the Financial Sector)

Financial sector growth

日本では金融業界も同じように膨らんでいるようです。日本の金融業界は2010年時点で 41兆円の規模ですが、日本のGDPは480兆円弱なので、金融業界の規模はGDP比で8.5%です。

でもちょっと待って考えてみましょう。そもそも金融業はどうして存在するのでしょうか。製造業やサービス業は具体的な形で我々の生活を豊かにしてくれますが、金融業がどのように我々の生活に貢献しているのかはあまり明確ではありません。

例えば全国銀行協会のホームページではこう書いてあります;

お金は経済社会の血液

お金はよく私たちの社会生活における血液に例えられます。ある時は企業から個人へ、ある時は個人から企業へ、またある時は個人・企業から国・地方公共団体へと、ちょうど人間の体の中を血液が循環するように流れ動いて、経済社会に活力を与えているのです。こうしたお金の流れのことをマネー・フロー(資金循環)といいます。

さて問題は、「血液」の役割を果たす金融業界が全GDPの2%であるべきなのか、それとも8%であるべきなのかです。

人間の全血量は体重の約8%だそうです。そして1/3を出血で失うと生命が危機にさらされるそうです(健康管理の栄養学)。

へぇー現代の金融業界と同じレベルかなとも思う一方で、血液は金融だけでなく運送の役割も果たしていることも考慮しなければなりません。その規模がどれぐらいかというと、物流だけでおおよそ20兆円、旅客業界は数字が見つかりませんでしたが、恐らく20兆円ぐらいではないかと想像してみます。合わせて運送で40兆円ぐらいと想像してみます。

それで金融業界と運送業界を足し合わせると81兆円となり、GDP比で16.8%。人体の全血量よりもずいぶんと多くなってしまいます。

どうも現代の国の経済構造は、人体と比べると血液的な役割が2倍ぐらいに大きくなってしまっているようです。全GDPの1/6ぐらいを血液的なものに回しているみたいです。

まぁ血液量と金融業界のサイズを比べることの意味はそんなにないかもしれませんが、そもそも適正な金融業界のサイズが経済学的に分かっていないことを考えるとやっても良い比較だとは思います。そしてその結論は、金融業界が大きすぎるといういうものです。

私は今の金融業界は白血病だと思っていますけどね。経済全体に貢献することを忘れ、自分自身の拡大のために金融業界が働いているという意味で。

日本ってなんで今日の多数の問題を抱えているかを考えてみる

今流行の官僚バッシングとか政治バッシングをするのではなく、

諸行無常
盛者必衰

の観点から考えたいと思います。

つまり日本が多数の問題を抱えているのは決して官僚とか政治家が大バカな判断をしたからではなく、自然と「たけき者も遂には滅びぬ」ことになる力学が存在するという観点から見てみます。

なお、これは僕が好きなChristensen氏の考え方に通じます。Christensen氏は企業や市場においてInnovator’s Dilemmaがあって、正しい経営を続けていても「遂には滅びぬ」と解説しています。

さて本題です。今の日本が抱えている問題は日本固有の問題ではなく、自然と起こる問題なのかどうかを見て行きます。とりあえずは少子化問題と景気の問題を見ます。

少子化問題

日本が抱えている多数の問題の中でも、これが最も根源的なものだと僕は思っています。

さて現代の先進国が少子化問題を抱えやすいというのは、だいたいどこの国を見ても確かです。ヨーロッパ、そして韓国等のアジアの先進国がそうです。したがって少子化問題が起こっていること自体は「必衰」と言えると思います。なんでそうなってしまうのかは諸説あると思いますが。

出生率
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不景気

今の日本が不景気だという前に、そもそも何で日本は経済発展できたんだろうかを考えてみたいと思います。別の見方をすれば、日本が経済成長した頃の原動力は何だったんだろうかということです。

日本が経済成長できたのは勤勉だったからだとか、学力があったからだとか、技術力があったからだとか、モノ作りが得意だったからだとか、いろいろなことを言う人がいます。総合すると日本が経済成長できたのは日本国民が優秀だったからということです。でもこの考え方はただの下等なナショナリズムで、完全に間違っていると思います。

というのは、韓国にしても台湾にしてもシンガポールの成長を見ても、日本の高度経済成長期ぐらいのことはできているからです。少なくとも東アジア文化圏の国の大半は、日本国民と同じぐらいには優秀そうです。

日本が1950年代から1980年代にかけて経済成長できたのは、恐らくは韓国、台湾が経済成長できたのと同じ理由、そして今の中国が経済成長をしているとの同じ理由ではないかと思います。ひとことで言えば、安い人件費と強い上昇志向の組み合わせによって、先進国で売れる製品が安く作れたからです。1960年代までは日本製品は今の中国製品と同様、おおむね「安かろう悪かろう」だったことを忘れてはいけません。

日本が1970年頃から先進国の仲間入りをすると、だんだん今までのやり方が通用しなくなりました。それから20年間は価格勝負ではなく、とことん品質と性能を高め、差別化することによって成長を続けました。しかしChristensen氏がInnovator’s Dilemmaで解説しているように、この戦略で成功し続けられる時間は限られています。遅かれ早かれ、技術の発展により過剰品質になり、そして低価格製品に席巻されてしまいます。これが今の日本の経済問題の根源だと僕は考えています。

「おごれる人も久しからず 」そのままです。先進国の仲間入りを果たしたばかりの日本が、新興の先進国に国家のビジネスモデルを真似られ、凌駕されるのは時間の問題でした。国家として何か別のビジネスモデルを編み出せなければ。

解決の糸口

またしてもChristensen氏の話をします。彼はThe Innovator’s Dilemmaにおいて、経営判断を正しく行ったとしても、会社はいずれ衰退すると説いています。その運命から脱却する方法についてはThe Innovator’s Solutionで議論しています。もちろん企業の話をしていますが、国家の運営にも通じると思います。

そしてChristensen氏が言うのは、とにかく古いものや古いシステムにとらわれず、新しいものを生み出せるようにしなさいということです。

新しいものは古いシステムとうまく波長が合わないものです。生まれたてほやほやの新しいシステムは、既存のシステムよりどうしても見劣りします。ですから古いシステムの影響があると、新しいものは役立たずと断じられ、芽が摘まれてしまいます。新しいものは独立させなさいというのは、そういう意味です。新しいシステムは今は頼りなく見えるかもしれませんが、古いシステムはいずれは必ず取って代わられます。通常の経営判断とは別に、信念に基づいて新しいものをインキュベートしないといけないのです。

日本は平家物語を生んだ国ですから、諸行無常を理解し、盛者必衰を理解し、既存のものが今はどんなに優れていても、信念を持って新しいものに投資することができても良さそうな気がします。

でもできないんですよね。いつまでも古いものにしがみついてしまっています。

新しい世代への投資を積極的に行わない。新しい産業に投資を行わない。

代わりいつまでも古い産業(建設だけでなく、自動車や家電を含む)に国費を投じ、その分、医療や福祉や教育は後回し。

ちょっと悲しい。